第39話「死神と夏バテ」
真夏。
猛暑日が続いていた。
「暑い……」
クロハがソファでぐったりしている。
いつもはキビキビ動いているのに、今日は全く動かない。
「大丈夫か?」
「暑い」
「クーラー付けてるぞ」
「足りない」
「これ以上下げたら寒いよ」
「暑い」
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「死神も暑さに弱いのか」
「弱い」
「意外だな」
「死神の世界は温度がない。だから、暑さ寒さに慣れていない」
「なるほど」
クロハは扇風機の前で溶けそうになっている。
銀髪がふわふわと揺れている。
「何か冷たいもの作ろうか」
「……頼む」
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俺は台所でかき氷を作った。
氷を削って、シロップをかけて。
いちご味のシロップをたっぷりと。
「できたぞ」
「……」
クロハの目がキラキラと輝いた。
「これは何だ」
「かき氷」
「氷?」
「削った氷にシロップをかけたやつだ」
「……美味しそうだ」
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クロハはかき氷を一口食べた。
「……!」
「どうだ」
「冷たい」
「そりゃかき氷だからな」
「美味しい」
「よかった」
「もっと食べたい」
「食べすぎるとお腹壊すぞ」
「大丈夫だ。死神は丈夫だ」
「さっきまでぐったりしてたのに」
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かき氷を食べ終わると、クロハは少し元気になった。
「……復活した」
「復活って……」
「生き返った」
「いや、死んでなかったから」
「死にかけていた。暑さで」
「……」
俺は思わず笑った。
「死神が『復活した』とか『生き返った』とか言うと、面白いな」
「何が面白いのだ」
「いや、プロが使うと重みが違うっていうか」
「……お前は変なところで笑うな」
「すまんすまん」
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でも、考えてみると、クロハは同棲してからずいぶん変わった。
「なあ、クロハ」
「何だ」
「お前、変わったよな」
「変わった?」
「うん。同棲する前と比べて」
「……どう変わったのだ」
俺は指折り数えた。
「まず、よく笑うようになった」
「……」
「感情を見せるようになった。怒ったり、照れたり、拗ねたり」
「……別に変わっていない」
「変わったよ。最初は能面みたいに無表情だったじゃないか」
「能面ではない」
「例えだよ」
クロハは少しムッとした顔をした。
「あと、食べ物にこだわるようになった」
「……」
「美味しいものを食べたがるし、俺の手料理を楽しみにしてるだろ」
「……別に」
「嘘つくな。顔に出てるぞ」
「……」
クロハは目を逸らした。
「それから、服にも興味を持つようになった」
「……」
「おしゃれを楽しむようになったし、可愛いって言われたがるようになった」
「……」
クロハの耳が赤くなっている。
「なんというか……人間らしくなったよな」
「……人間らしい?」
「良い意味でな。感情豊かになったし、毎日が楽しそうだ」
「……」
「俺は、そういうお前の方が好きだよ」
「……」
クロハはしばらく黙っていた。
それから、小さく呟いた。
「……お前のせいだ」
「え?」
「お前と暮らしているから、変わったのだ」
「……」
「お前が、私を変えたのだ」
クロハは照れたように俯いた。
「……責任を取れ」
「何の責任だよ」
「変えた責任だ」
「どうやって取るんだ」
「……ずっと一緒にいろ」
「……分かった」
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クロハはソファに座って、俺にもたれかかってきた。
「暑いのに近づくのか」
「お前は冷たい」
「え?」
「人間の体温は低い。死神よりも」
「死神は体温高いのか」
「普段はない。でも暑い時は上がる」
「へえ」
確かに、クロハの体は少し熱い気がする。
「冷やしてくれ」
「どうやって」
「そばにいてくれ」
「……分かった」
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俺たちはソファで並んで座っていた。
クロハは俺の腕にもたれかかっている。
暑いはずなのに、なんだか心地いい。
「誠一」
「なんだ」
「夏は苦手だ」
「そうか」
「でも、お前と一緒なら耐えられる」
「……」
「かき氷も作ってくれるし」
「またかき氷か」
「好きになった」
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「……お前の魂、輝いている」
「暑いのに?」
「暑くても輝いている」
「そうか」
「私を冷やしてくれたからか」
「たぶんな」
「ありがとう」
「どういたしまして」
クロハは満足そうに目を閉じた。
そのまま眠ってしまった。
……まあ、しばらくこのままでいいか。




