第37話「死神と誕生日」
11月。
俺の誕生日が近づいていた。
「誠一」
「なんだ」
「もうすぐ誕生日だな」
「覚えてたのか」
「当然だ。魂の管理データに生年月日が登録されている」
「そうか……」
---
誕生日当日。
仕事から帰ってくると、部屋が暗かった。
「クロハ?」
電気をつけると——
「誕生日おめでとう」
クロハがケーキを持って立っていた。
ロウソクの灯りが、クロハの顔を照らしている。
「……お前、作ったのか」
「ああ。焼いた」
「すごいな」
テーブルにはケーキが置かれていた。
手作りの、少し不格好なケーキ。
でも、よく見ると、とても丁寧に作られている。
スポンジは綺麗な黄金色。生クリームは少し厚めだけど、形は整っている。
イチゴが均等に並べられていて、チョコレートで「おめでとう」と書いてある。
……少し字が曲がっているけど、心がこもっているのが分かる。
「すごいな、これ」
「……どうだ」
「すごく綺麗だ。よく作れたな」
「……頑張った」
クロハは少し誇らしげだった。
でも、目には不安も見える。
---
「ロウソクの火を消せ」
「何本あるんだ?」
「35本」
「36だけど」
「……誤差だ」
「1歳は誤差じゃないだろ」
俺は笑いながらロウソクを吹き消した。
---
ケーキを切り分けて、食べ始めた。
一口食べて、思わず目を閉じた。
「……美味しい」
「本当か」
「ああ、本当に美味しい」
スポンジは柔らかくて、しっとりしている。
生クリームは甘さ控えめで、口当たりが良い。
イチゴの酸味が、甘さを引き立てている。
「すごく美味しいよ。ケーキ屋さんで買ったみたいだ」
「……」
クロハの顔が、パッと明るくなった。
普段は無表情なのに、今は隠しきれない喜びが見える。
「本当か。本当に美味しいか」
「本当だよ」
「嘘じゃないか」
「嘘じゃない」
「……」
クロハは少しホッとした顔をした。
そして、小さく微笑んだ。
「良かった……」
その言葉には、安堵がこもっていた。
---
「何回か失敗した」
「失敗?」
「一回目は焦がした。オーブンの温度が高すぎた」
「……」
「二回目は生焼けだった。今度は温度が低すぎた」
「……」
「三回目は形が崩れた。型から出す時に失敗した」
「……」
「四回目でやっと成功した」
「四回も!?」
「お前のためだ」
俺は言葉を失った。
四回も作り直してくれたのか。
「……クロハ」
「何だ」
「本当にありがとう」
「……」
「すごく嬉しい」
「……」
クロハは照れたように視線を逸らした。
でも、耳が赤い。
「当然のことをしただけだ」
「当然じゃないよ。すごいことだよ」
「……」
「クロハが作ってくれたから、世界で一番美味しいケーキだ」
クロハは黙って、俺を見つめた。
紫色の瞳が、潤んでいるように見えた。
---
「プレゼントもある」
クロハが包みを差し出した。
「何だろう」
開けてみると、ネクタイだった。
落ち着いた紺色の、上品なネクタイ。
触ってみると、シルクの肌触りがする。
「……いいな、これ」
「似合うと思った」
「どこで買ったんだ?」
「デパートで選んだ」
「一人で?」
「ああ。三時間かかった」
「三時間!?」
「どれがお前に似合うか、分からなかった」
「……」
「店員に相談したり、何度も手に取ったり」
「……」
「最終的に、この紺色に決めた。お前の目の色に合うと思った」
クロハが一人でデパートに行って、三時間も悩んで、俺のプレゼントを選んでくれた。
そう思うと、胸がじんとした。
「ありがとう。大切にする」
「……よかった」
---
夜。
「誠一」
「なんだ」
「いい誕生日だったか」
「ああ、最高だった」
「そうか」
「クロハのおかげだ」
「……」
クロハは少し照れたように視線を逸らした。
「来年も祝う」
「頼むな」
「再来年も」
「ずっと頼む」
「……死ぬまで祝う」
「ありがとう」
---
「……誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、すごく輝いている」
「誕生日のおかげか」
「私が祝ったからだ」
「……そうだな」
「誕生日はいいものだな」
「そうだな」
「私も誕生日が欲しい」
「死神にも誕生日あるのか?」
「……ないかもしれない。約3000年前に生まれたはずだが、日付は覚えていない」
「じゃあ、決めよう」
「決める?」
「今日を、クロハの誕生日にしよう」
「……同じ日か」
「同じ日だ。一緒に祝える」
「……」
クロハは目を丸くした。
「……いいのか」
「いいよ」
「……ありがとう」
クロハは俺に抱きついてきた。
温かい体温が伝わってくる。
「……来年は、一緒に祝おう」
「ああ。一緒に祝おう」
---
俺たちはソファに座っていた。
クロハは俺の隣にぴったりと寄り添っている。
「誠一」
「なんだ」
「今日は特別な日だ」
「ああ」
「だから、特別なことをしたい」
「特別なこと?」
クロハが俺を見上げた。
紫色の瞳が、キラキラと輝いている。
「……キスしてもいいか」
「……いいよ」
クロハが俺の首に腕を回した。
そして、唇が触れ合った。
柔らかくて、甘い。
ケーキの味がかすかに残っている。
「……っ」
クロハの唇が離れた。
でも、すぐにまた重なった。
今度は、もっと深く。
舌が触れ合う。
クロハの息が荒くなる。
「……誠一」
「……」
「もっと」
クロハが俺を押し倒すように、体を預けてきた。
細い体が俺の上に乗る。
柔らかい胸が俺の胸に押し付けられる。
「お、おい……」
「いいだろう。今日は特別な日だ」
「それはそうだけど……」
「嫌か」
「嫌じゃないけど……」
「じゃあ、いい」
クロハの顔が、すぐ近くにある。
銀髪が俺の顔にかかる。甘い香りが漂う。
「……誠一」
「なんだ」
「お前の心臓、すごくうるさい」
「お前のせいだよ」
「私のせい?」
「こんな状況でドキドキしないわけないだろ」
「……そうか」
クロハは少し嬉しそうに微笑んだ。
「私も、ドキドキしている」
「……」
「心臓が、お前と同じリズムで動いている気がする」
「……」
「不思議な感覚だ」
俺はクロハを抱きしめた。
細い体を、優しく包み込む。
「クロハ」
「何だ」
「好きだよ」
「……」
「本当に、好きだ」
「……私も」
クロハが俺の首に顔を埋めた。
銀髪が俺の頬をくすぐる。
「私も、お前が好きだ」
「……」
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
俺たちはしばらく、そのまま抱き合っていた。
温かくて、幸せな時間だった。




