第34話「死神と美容院」
「髪を切りたい」
ある朝、クロハが鏡を見ながら言った。
「切るのか?」
「少しだけ」
「自分で切るのか?」
「美容院に行く」
「おお」
顕現権を得てから、クロハは色々なことに挑戦するようになった。
美容院もその一つだ。
---
駅前の美容院に来た。
ガラス張りの店内。おしゃれな内装。
クロハは少し緊張しているようだ。
「大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
「初めてだもんな」
「ああ。初めてだ」
受付を済ませて、席に座った。
俺は待合室で待つことにした。
---
美容師さんがクロハに話しかけている。
「今日はどんな感じにしますか?」
「……少しだけ切ってほしい」
「どのくらい?」
「……三センチくらい」
「かしこまりました。毛先を整える感じですね」
クロハはケープを付けられて、少し不安そうな顔をしていた。
---
カットが始まった。
シャキシャキとハサミの音がする。
銀色の髪が少しずつ落ちていく。
クロハは鏡をじっと見つめている。
無表情だが、どこか真剣な目だ。
……と、美容師さんが動きを止めた。
「あの……お客様」
「何だ」
「この髪、すごいですね」
「……すごい?」
「艶がすごい。手触りもすごくいい。何を使っているんですか?」
「……特に何も」
「え!? 何も?」
美容師さんが驚いた声を上げた。
その声で、他のスタッフも振り向いた。
「ちょっと、見て! この髪!」
「えっ、何?」
「すごくない? 天然でこの艶?」
「わ、本当だ……サラッサラ……」
いつの間にか、他の美容師さんたちも近づいてきた。
クロハの髪を囲んで、ざわざわしている。
「枝毛が一本もない……」
「ダメージゼロ……」
「いったいどんなケアを……」
「だから、何もしていないと言った」
クロハは困惑した顔をしている。
俺も待合室から見ていて、苦笑いが漏れた。
……死神の髪は、人間とは違うらしい。
---
騒ぎが収まって、カットが再開された。
美容師さんは、とても丁寧にクロハの髪を扱っている。
大切な宝物を触るかのように。
---
カット終了。
「いかがですか?」
美容師さんがスタイリングを終えて、鏡を見せた。
「……」
クロハは鏡を見つめている。
銀髪が少し短くなって、顔周りがすっきりした。
毛先が整って、より艶やかに見える。
「……良い」
「よかったです! 本当にお美しい髪です。モデルさんですか?」
「モデル? いや、違う」
「そうですか……もったいない。絶対雑誌に載れますよ」
「……ありがとう」
---
会計を済ませて、店を出た。
「どうだった?」
「……良かった」
「そうか」
「少し緊張した」
「初めてだからな」
「でも、終わったら嬉しくなった」
クロハは髪を触りながら歩いている。
新しい髪型が気に入っているようだ。
---
「誠一」
「なんだ」
「印象、変わったか」
「変わった」
「どう変わった」
「……前より可愛くなった」
「……」
クロハは真っ赤になって俯いた。
「嘘だろう」
「嘘じゃない」
「お世辞だ」
「お世辞じゃない」
「……」
クロハはチラッと俺を見た。
「……本当か」
「本当だよ」
「……」
クロハは少し嬉しそうに微笑んだ。
……と、思ったら、急に真顔になった。
「誠一」
「なんだ」
「お前の会社の後輩の女がいただろう」
「え? 佐々木さん?」
「そう。その女」
……急にどうした。
「その女と、私と、どちらが綺麗だ」
「はあ?」
「答えろ」
「いや、比較するのも……」
「答えろ」
クロハが詰め寄ってきた。
紫色の瞳が、真剣だ。
「……クロハの方が綺麗だよ」
「本当か」
「本当だ」
「お世辞ではないのか」
「お世辞じゃない」
「では、具体的に言え」
「え?」
「どこがどう綺麗なのか、具体的に言え」
俺は困惑した。
なんで今更この話に……。
「髪が綺麗。目も綺麗。顔も可愛い。スタイルもいい」
「それだけか」
「それだけって……十分じゃないか」
「もっとないのか」
「声も綺麗だし、仕草も上品だし……」
「……」
クロハは満足そうに頷いた。
「分かった。許す」
「許すって何だよ」
「後輩の話をしたことを許す」
「だいぶ前の話だろ!」
「女は忘れない」
「……」
三千歳でも女は女らしい。
---
帰宅後。
クロハは何度も鏡を見ていた。
「気に入ったか?」
「……ああ」
「また行くか?」
「行く。定期的に行く」
「いいな」
「お前も一緒に来い」
「俺も?」
「待っていてくれたから」
「まあ、それくらいならいいよ」
---
「……誠一」
「なんだ」
「お前の魂、輝いている」
「髪を切ったから?」
「私が可愛くなったから、輝いているのか」
「……たぶんな」
「……単純だな」
「そうかもな」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。




