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第33話「死神と図書館」

「図書館に行きたい」


 ある平日の夕方。

 クロハがそう言い出した。


「図書館?」

「ああ。本を読みたい」

「何の本?」

「……色々」


 クロハは少し曖昧に答えた。


---


 近所の図書館に来た。


 静かな空間。

 本棚がずらりと並んでいる。

 窓から夕日が差し込んでいる。


「静かだな」

「図書館だからな。静かにしないといけない」

「分かっている」


 クロハは小声で答えた。


---


 クロハは本棚を見て回っている。

 銀髪が揺れる後ろ姿を、俺は少し離れて見守っていた。


 しばらくして、クロハが一冊の本を持ってきた。


「これを借りたい」

「どれどれ……」


 タイトルを見た。


『死後の世界 ~魂はどこへ行くのか~』


「……」

「何だ」

「いや、興味深い選択だなと」

「プロとして、人間がどう考えているか知りたい」

「プロ?」

「私は死神だ。死についてはプロだ」

「確かに」


---


 閲覧席に座って、クロハは本を読み始めた。


 俺も隣で別の本を読む。

 静かな時間が流れる。


 ……と思っていたら。


「……嘘だ」


 クロハが小声で呟いた。


「どうした?」

「この本、嘘ばかり書いてある」

「嘘?」

「『死後、魂は天国か地獄に行く』……行かない」

「行かないのか」

「行かない。まず死神課で審査がある」

「そうなのか」

「それから配置が決まる。天国でも地獄でもない」


 クロハは不満そうに本をパラパラとめくっている。


「『三途の川を渡る』……川なんてない」

「ないのか」

「ない。書類手続きがあるだけだ」

「お役所だな」

「お役所だ」


---


 クロハは本を閉じた。


「この本は参考にならない」

「そうか」

「人間は死後について、何も分かっていない」

「まあ、生きてる人間は経験できないからな」

「……そうだな」


 クロハは少し考え込んでいた。


---


 クロハは別の棚に移動した。

 今度は社会学のコーナーだ。


「これも読みたい」


 『現代日本の家族構造』という本を持ってきた。


「家族?」

「ああ。人間にとって家族とは何かを知りたい」

「……なるほど」


 クロハは真剣な顔で本を読み始めた。


「……結婚、出産、子育て、介護……」

「色々載ってるな」

「人間の一生は、家族と共にあるのか」

「まあ、そうかもしれないな」

「……興味深い」


---


 次に、クロハは心理学のコーナーへ移動した。


「これも」


 『人間の感情心理学入門』という本だ。


「感情?」

「人間がなぜ笑うのか、なぜ泣くのか、知りたい」

「死神は笑わないのか?」

「あまり笑わない。感情表現に乏しい」

「……そうなのか」

「だから、人間の感情が不思議なのだ」


 クロハは本を開いて、読み始めた。


「……『喜び』、『悲しみ』、『怒り』、『恐れ』……」

「基本感情ってやつだな」

「私も、最近これらを感じることがある」

「そうなのか?」

「お前といると、特に」

「……」

「お前といると、喜びを感じる。お前が怒っていると悲しくなる」

「……」

「不思議だ。死神なのに」


 クロハは少し困ったような顔をした。


「でも、悪くない」

「……よかった」

「お前と感情を共有できるのは、嬉しいことだ」


---


「誠一」

「なんだ」

「お前は死後、どうなりたい」

「え?」

「天国に行きたいか。地獄に行きたいか。それとも……」

「……考えたことないな」

「そうか」

「でも、強いて言うなら……」

「言うなら?」

「クロハと一緒がいい」

「……」


 クロハは目を丸くした。


「死後も、一緒にいられるならいいなって」

「……」

「無理かもしれないけど」

「……」


 クロハは少し俯いた。

 耳が赤くなっている。


「……検討する」

「検討?」

「死神としての権限で、何かできないか検討する」

「マジで?」

「マジだ」


---


 図書館で過ごしているうちに、クロハが眠そうになってきた。


「……」


 目がとろんとしている。


「眠いのか?」

「眠くない」

「嘘だろ」

「眠くない……」


 クロハは俺の肩にもたれかかってきた。

 そして、そのまま目を閉じた。


「……」


 寝てしまった。


 銀髪が俺の肩にかかっている。

 規則正しい寝息が聞こえる。

 無防備な寝顔が可愛い。


 ……起こすのも可哀想だし、しばらくこのままでいよう。


---


 一時間後。


 クロハが目を開けた。


「……ん」

「起きたか」

「……寝てしまったか」

「ああ」

「どのくらい?」

「一時間くらい」

「……すまない」

「いいよ。気持ちよさそうに寝てたから」

「……」


 クロハは恥ずかしそうに視線を逸らした。


「帰ろうか」

「ああ」


---


 帰り道。


「誠一」

「なんだ」

「図書館、良かった」

「そうか」

「静かで、落ち着く」

「また行くか」

「行きたい」

「いいよ」


 クロハは嬉しそうに頷いた。


「……でも、次は寝ないようにする」

「無理しなくていいよ」

「恥ずかしいからだ」

「俺は気にしないけど」

「私が気にする」


---


「……誠一」

「なんだ」

「お前の魂、今、輝いている」

「図書館のおかげか」

「お前の肩で寝たからか」

「……そうかもな」

「私の寝顔を見ていたからか」

「……それもあるかも」

「……」


 クロハは呆れたように苦笑いした。


「普通、寝顔を見て幸せになるのか」

「綺麗だったから」

「……」


 クロハは少し照れたように視線を逸らした。

 でも、口元は緩んでいる。


「……変わった人間だな」

「お前に言われたくない」


 俺たちは笑いながら、家路についた。

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