第32話「死神とカフェ」
ある休日の午後。
「誠一、今日はどこに行く?」
クロハが期待に満ちた目で俺を見ていた。
顕現権を得てから、クロハは外出が大好きになった。
「話題のカフェがあるらしい」
「カフェ? 前にも行った」
「今度は違う店だ。ラテアートが有名らしい」
「ラテアート?」
「コーヒーの上に絵を描くやつだよ」
「……興味がある」
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駅前の新しいカフェ。
おしゃれな外観で、若い女性客が多い。
「人気店だな」
「人が多い」
「週末だからな」
少し並んで、やっと席に着けた。
「何を頼む?」
「ラテアートのやつ」
「カフェラテだな。俺も同じにしよう」
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注文したカフェラテが運ばれてきた。
「お待たせしました」
カップの上には、可愛らしいクマの絵が描かれていた。
クリーム色の泡の上に、チョコレートソースで描かれた絵。
「……」
クロハは目を見開いて、カップを見つめている。
「すごい」
「だろ?」
「クマがいる」
「ラテアートだからな」
「飲むのがもったいない」
「写真撮ったら?」
「写真?」
クロハはスマホを取り出した。
最近、使い方を覚えたらしい。
カシャ。
「撮れた」
「上手いじゃないか」
「練習した」
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クロハはスマホの画面を見つめていた。
「誠一」
「なんだ」
「これが『映え』か」
「え?」
「インスタ映えというやつだ。調べた」
「……お前、インスタ映え知ってるのか」
「人間界の常識として学んだ」
「そうか……」
三千歳の死神がインスタ映えを語る。
シュールな光景だ。
「これを投稿するのか」
「投稿?」
「ネットに上げるのだろう」
「いや、俺たちは上げなくていいよ」
「なぜだ」
「……色々面倒だから」
「そうか」
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クロハはカフェラテを一口飲んだ。
「……美味しい」
「よかったな」
「でも、クマが崩れた」
「飲んだら崩れるよ」
「悲しい」
「写真があるから大丈夫だ」
「……そうか」
クロハは少し納得したようだった。
「……でも、美味しい」
「よかった」
「死神の世界では、こういう楽しみ方をしない」
「そうなのか?」
「食べ物はある。だが、食べなくても死なない」
「え、そうなのか」
「ああ。死神は食事が必要ない。だから、あまり皆食べない」
「じゃあ、クロハも最初は食べなかったのか」
「食べなかった。人間と暮らすまでは」
「今は?」
「今は食べる。美味しいからだ」
クロハは満足そうにカフェラテを飲んでいる。
「食べ物の味を知ったのは、お前のおかげだ」
「……そうか」
「感謝している」
「大げさだな」
「大げさではない。食事の楽しみを知れたのは、大きい」
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カフェを出た後、街を散策した。
「誠一」
「なんだ」
「人間は、なぜ食べ物の写真を撮るのだ」
「記念になるからじゃないか」
「記念?」
「あの時あれを食べた、って思い出せるだろ」
「……なるほど」
「それに、人に見せたい気持ちもあるんだと思う」
「見せてどうする」
「自慢したいんだよ。こんな美味しいもの食べた、って」
「……不思議な文化だな」
「まあ、そうかもな」
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別のカフェの前を通りかかった。
「あれは何だ」
クロハが指差したのは、パンケーキの看板だった。
ふわふわのパンケーキに、たっぷりのクリームといちご。
「パンケーキだな」
「……美味しそうだ」
「食べたいか?」
「……さっきカフェラテを飲んだばかりだ」
「別腹ってやつだろ」
「別腹?」
「甘いものは別の胃袋で食べるって意味だ」
「人間には胃袋が二つあるのか」
「比喩だよ」
「……入ろう」
結局、二軒目のカフェに入ることになった。
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パンケーキが運ばれてきた。
ふわふわの生地、たっぷりのホイップクリーム、真っ赤ないちご。
見た目も豪華だ。
「……すごい」
クロハはまたスマホを構えた。
カシャ。
「撮った」
「インスタ映え?」
「……記念だ」
クロハは少し照れたように言った。
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パンケーキを食べ始めた。
「……美味しい」
「だろ?」
「ふわふわだ」
「パンケーキはふわふわが命だからな」
「クリームも美味しい」
「よかったな」
クロハは黙々とパンケーキを食べている。
幸せそうな顔だ。
「誠一」
「なんだ」
「人間界は美味しいものが多い」
「そうだな」
「死神の世界には食べ物がない」
「そうなのか」
「だから、こういうのは新鮮だ」
「毎日でも食べられるぞ」
「太る」
「死神も太るのか」
「分からない。でも、用心はする」
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帰り道。
「誠一」
「なんだ」
「今日は楽しかった」
「俺も楽しかった」
「また行こう」
「カフェ巡りか」
「ああ。色々な店に行きたい」
「いいな。付き合うよ」
「ありがとう」
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「……誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「カフェのおかげか」
「それもあるが、お前と一緒だからだ」
「……」
「私といると輝くのか」
「たぶんな」
「……嬉しい」
クロハは俺の手を握ってきた。
温かい手だった。




