第30話「死神と将来」
ある夜。
俺たちはベランダで星を眺めていた。
静かな夜。
星が瞬いている。
二人で並んで立っている。
「誠一」
「なんだ」
「……俺たち、このままでいいのかな」
俺はふと呟いた。
二年以上、一緒に暮らしている。
毎日が楽しい。
でも、ふとした瞬間に、不安になることがある。
「このまま?」
「ああ。俺とお前、将来どうなるんだろうって」
「……」
「俺は年を取る。クロハは変わらない」
「……」
「いつか、俺だけがおじいちゃんになって……」
「……」
「考えると、少し怖くなる」
クロハは黙って俺を見つめた。
紫色の瞳が、星明かりを映している。
「お前は、どう思う?」
「……」
クロハはしばらく考えて、口を開いた。
「私も、考えることがある」
「どんなこと?」
「お前がいつか死ぬということ」
「……」
「人間は短命だ。どんなに長生きしても、百年程度」
「……」
「私は三千年生きている。これからも生き続ける」
「……」
「お前が死んだ後も、私はずっと生きる」
クロハの声が、少し震えていた。
「考えると、怖くなる」
「……」
「お前のいない世界で、どうやって生きていけばいいのか」
「……」
「分からない」
---
俺たちは、将来について真剣に話し合った。
「結婚って、できるのかな」
「結婚?」
「人間同士がするやつ。役所に届け出して、家族になる」
「……死神と人間が結婚する前例は、聞いたことがない」
「そうか」
「でも、禁止されているわけでもない」
「……」
「やってみる価値はあるかもしれない」
クロハは少し考えて、続けた。
「死神の世界には、『契約』という制度がある」
「契約?」
「魂と魂を結びつける儀式だ。主に死神同士で行われる」
「それは結婚みたいなものか?」
「似ている。ただし、人間と死神の間で行った前例は……」
「ない?」
「ない」
新しいことだらけだ。
前例がないなら、自分たちで作るしかない。
---
「子供は、できるのかな」
俺は少し恥ずかしくなりながら聞いた。
「子供?」
「ああ。俺たちの間に、子供が生まれることは……」
「……」
クロハは首を傾げた。
「分からない。死神と人間のハーフは、聞いたことがない」
「そうか……」
「でも、不可能ではないかもしれない」
「……」
「試してみるか?」
クロハが真顔で言った。
「い、いや、今すぐってわけじゃなくて!」
「なぜだ。子供が欲しいのだろう」
「いや、そういう話じゃなくて、将来的にって……!」
「つまり、将来的には試したいのか」
「そ、そういうことじゃ……」
「では、私の体に興味がないのか」
「ある! いや、違う!」
俺は頭を抱えた。
罠だ。完全に罠にハマった。
「……冗談だ」
クロハは無表情で言った。
……冗談に聞こえないんだが。
しかも、耳が赤い。
「……誠一」
「な、なんだ」
「私も、お前との子供は……興味がある」
「……っ」
「半分死神、半分人間。どんな子になるのだろう」
「い、いや、そんな真剣に考えなくても……」
「目は紫か、お前のような茶色か」
「クロハ、ちょっと待って」
「髪は銀か、黒か」
「話が具体的すぎる……」
「名前も考えないといけないな」
「気が早すぎるよ!」
クロハは小さく笑った。
……からかわれたのか。
---
「……誠一」
「なんだ」
「真面目な話をしていいか」
「さっきのが真面目じゃなかったのか」
「あれは……八割冗談だ」
「二割は本気じゃないか」
クロハは俺の手を取った。
「私たち死神には、教えがある」
「教え?」
「『思い入れを持つな』という教えだ」
「……どういう意味だ」
「私たちはほとんど永遠に生きる。でも、魂を回収する人間たちは、永遠ではない」
「……」
「だから、情を移すな。思い入れを持つな。そう言われて育った」
「……」
「魂に愛着を持つと、回収するのが辛くなる。だから、感情を殺せと」
クロハの声が、少し震えていた。
「でも、私はその教えに背いた」
「……」
「お前に出会って、思い入れを持ってしまった」
「……」
「お前の魂に、愛着を持ってしまった」
クロハは俺を見つめた。
紫色の瞳が、濡れているように見えた。
「後悔しているか?」
「……していない」
「そうか」
「お前に出会えて、良かった。思い入れを持てて、良かった」
「……」
「だから、私の答えは変わらない。お前と一緒に、未来を作りたい」
俺はクロハの手を強く握り返した。
---
「結局、俺たちの将来は、分からないことだらけだな」
俺は溜息をついた。
「ああ」
「でも、分からないからって、諦めたくない」
「……」
「クロハと一緒にいたい。それだけは確かだ」
「……」
「未来がどうなるか分からなくても、今ここで、お前と一緒にいられることが幸せだ」
クロハは俺を見つめた。
紫色の瞳が、優しく輝いている。
「お前と一緒なら、何でもいい」
「え?」
「結婚しても、しなくても。子供ができても、できなくても」
「……」
「お前が年を取っても、おじいちゃんになっても」
「……」
「私はずっと、お前の傍にいる」
俺は言葉に詰まった。
「それが、私の答えだ」
「……」
「お前と一緒なら、未来がどうなっても構わない」
「……」
「だから、安心しろ」
---
俺はクロハの手を取った。
「クロハ」
「何だ」
「俺も、同じ気持ちだ」
「……」
「未来が分からなくても、お前と一緒ならいい」
「……」
「一緒に、未来を作っていこう」
「……」
クロハは小さく微笑んだ。
「ああ。一緒に」
---
夜空を見上げた。
星が瞬いている。
永遠に変わらないように見える星も、いつかは消える。
でも、今この瞬間、星は輝いている。
俺とクロハが、一緒にいる。
それが、大切なことだ。
「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、すごく輝いている」
「……」
「今までで一番、輝いている」
「そうか」
「未来の話をしたからか」
「……多分な」
「私も、輝いている気がする」
「死神も輝くのか」
「お前と一緒にいると、輝く気がする」
俺たちは手を繋いで、星空を眺めた。
「……誠一」
「なんだ」
「これからも、よろしく」
「こちらこそ」
「ずっと、一緒にいよう」
「ああ、ずっと一緒にいよう」




