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第3話「死神と追加書類」

 新しい書類を見ると、さらに細かい質問が並んでいた。


 「対象人間との関係性について詳述せよ」

 「顕現後の活動計画を具体的に記載せよ」

 「顕現に伴うリスクと対策について論ぜよ」


「……論文みたいだな」

「死神課の書類は、学術論文に近い形式だ」

「なるほど……」


 俺とクロハは、また書類との戦いを始めた。


---


 「対象人間との関係性について詳述せよ」


 この項目で、クロハの手が止まった。


「……何を書けばいいのだ」

「俺との関係を書けばいいんじゃないか」

「関係……」

「監視対象と監視役、とか」

「……それだけか」


 クロハは俺を見つめた。

 紫色の瞳が、何かを問いかけている。


「……それだけじゃないよな」

「……ああ」

「じゃあ、何て書く?」

「……」


 クロハは考え込んだ。


「監視対象であり、同居人であり……」

「うん」

「……大切な人間だ」

「……」


 俺は少し照れくさくなった。


「そう書けばいいんじゃないか」

「……いいのか」

「ああ。正直に書くのが一番だ」


 クロハはペンを走らせた。


『対象人間(鈴木誠一)は、当初は魂回収任務の監視対象であったが、二年間の同居を経て、私にとって大切な存在となった。彼との関係は、単なる監視と被監視の関係を超え、相互に影響を与え合う共生関係に発展している』


「……お役所っぽく書いたな」

「死神課向けだからな」

「でも、内容は正直だ」

「……そうか」


 クロハは少し照れたように視線を逸らした。


---


 「顕現後の活動計画を具体的に記載せよ」


『顕現後は、対象人間と共に以下の活動を行う予定である。

 一、飲食店での共同食事

 二、公園・観光地等への外出

 三、買い物等の日常活動の共同実施

 四、季節行事への参加

 これらの活動を通じて、対象人間の魂をより豊かにし、本来の回収任務の質を向上させることを目指す』


「回収任務の質向上って書いてあるけど」

「建前だ」

「本音は?」

「一緒に出かけたい」

「そうだな」


---


 書類を書き終えた頃には、夜になっていた。


「明日、また提出してくる」

「頑張れ」

「ああ。そして、面談もある」

「面談か……」

「緊張する」


 クロハは珍しく弱気な顔をしていた。


「何を聞かれるんだ?」

「分からない。だが、シロガネ課長は厳しい。簡単には許可を出さないだろう」

「でも、正直に答えればいいんじゃないか」

「正直に?」

「ああ。俺と一緒に外出したい。それが本音だろ?」

「……ああ」

「なら、そう言えばいい」


 クロハは少し考えて、頷いた。


「……そうだな」

「お前なら大丈夫だ」

「……ありがとう」


---


 翌日。

 クロハは死神第七課での面談に向かった。


 「行ってくる」

 「頑張れ」


 俺はクロハを見送った。

 ……少し心配だ。


---


 数時間後。


「ただいま」


 クロハが戻ってきた。

 ……さらにぐったりしている。


「どうだった?」

「……厳しかった」

「面談?」

「ああ」


 クロハはソファに崩れ落ちた。


「何を聞かれたんだ?」

「色々聞かれた」

「具体的には?」

「……」


 クロハは目を閉じて、面談の様子を思い出しているようだった。


---


 面談室。

 白い空間に、机と椅子だけが置かれていた。


 机の向こうには、年老いた死神が座っていた。

 白い髪、白い肌、白い眼。

 シロガネ課長だ。


「クロハ、第七課回収担当」

「はい」

「人間界顕現許可の申請だな」

「はい」

「理由を述べよ」


 クロハは深呼吸した。


「対象人間と共に人間界での活動を充実させるためです」

「書類にはそう書いてあった。だが、本当の理由は何だ」

「……」

「なぜ、人間と一緒にいたいのだ」


 シロガネの目が、真っ直ぐにクロハを見つめていた。

 嘘は通じない。死神の目は、魂を見抜く。


「……」


 クロハは答えに詰まった。


「なぜだ」

「……分かりません」

「分からない?」

「はい。分かりません。でも、一緒にいたいのです」

「……」

「彼と一緒に外を歩きたい。一緒にご飯を食べたい。一緒に季節を感じたい」

「それは任務に必要か」

「……必要かどうかは分かりません」

「では、なぜ望む」

「……」


 クロハは言葉を探した。


「彼といると、楽しいからです」

「楽しい?」

「はい。三千年生きてきましたが、こんなに楽しいと思ったことはありません」

「……」

「だから、もっと一緒にいたい。もっと色々なことをしたい」

「……」


 シロガネは黙って、クロハを見つめていた。


---


「面談は、それで終わりだった」

「結果は?」

「一週間後に通知すると言われた」

「そうか……」


 俺はクロハの頭を撫でた。


「頑張ったな」

「……頑張った」

「正直に答えられたか?」

「……たぶん」

「なら、大丈夫だ」

「……そうか」


 クロハは俺にもたれかかってきた。

 疲れているのだろう。目が閉じている。


「誠一」

「なんだ」

「許可が下りなかったら、どうする」

「……また申請すればいい」

「何度でも?」

「何度でもだ。諦めない」

「……」


 クロハは小さく微笑んだ。


「……ありがとう」

「礼はまだ早い。許可が下りてからだ」

「……そうだな」


---


 一週間後。

 結果が届くまで、俺たちはいつも通りの日々を過ごした。


 でも、どこかソワソワしていた。

 クロハは時々窓の外を見ては、溜息をついていた。


---


 そんなある日、俺は思いついた。


「クロハ」

「なんだ」

「外出のリハーサルをしよう」

「リハーサル?」

「ああ。許可が下りたらすぐ出かけられるように、練習しておこう」


 クロハは首を傾げた。


「練習?」

「まず、服を選ぼう」

「服?」

「外出用の服だ。いつもの黒いローブじゃなくて」


 クロハは自分の服を見下ろした。


「……これじゃダメなのか」

「ローブは目立つだろ。人間っぽい服がいい」

「人間っぽい服……」


 俺は通販サイトを開いた。


「こういうのはどうだ」

「……白いブラウスか」

「似合いそうだ」

「……そうか」


 クロハの目が、少し輝いた。


「これも買おう」

「……スカート?」

「薄いグレーのやつ。上品だろ」

「……可愛いな」

「ああ、可愛い」


 俺たちは一時間かけて、外出用の服を選んだ。

 クロハは楽しそうだった。


---


「次は、行き先を決めよう」

「行き先」

「最初はどこに行く?」

「……カフェ」

「どの店?」

「窓から見える、あの店」

「よし。あそこだな」


 俺はスマホで店を調べた。


「ケーキセットがあるな。チーズケーキもある」

「……楽しみだ」

「俺も楽しみだ」


 クロハは窓の外を見つめた。

 今はまだ見ているだけだけど、もうすぐ行ける。

 きっと行ける。


---


「大丈夫だ」

「……ああ」

「きっと許可は下りる」

「……そうか」

「正直に答えたんだろ?」

「……ああ」

「なら、きっと大丈夫だ」


 俺はそう言いながら、祈るような気持ちだった。


 許可が下りますように。

 クロハと一緒に、外に出られますように。

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