第28話「死神と嫉妬」
ある日の夕食時。
「今日、会社で面白いことがあってさ」
俺は何気なく話し始めた。
「後輩の女の子が、俺に仕事の相談をしてきたんだよ」
「……」
「新人なんだけど、すごく頑張り屋でさ。営業の仕方を教えてくれって」
「……」
「それで、昼休みに一緒にランチしながら、色々アドバイスしたんだ」
「……」
クロハが、箸を止めた。
「どうした?」
「……何でもない」
「そうか」
俺は話を続けた。
「その子、佐々木さんって言うんだけど、すごく素直で可愛いんだよな」
「……」
「教え甲斐があるというか」
「……」
「まあ、仕事熱心なのはいいことだよな」
「……」
クロハは黙っている。
箸を持ったまま、動かない。
「クロハ?」
「……」
「どうした? 食べないのか?」
「……食欲がない」
「え、具合悪いのか?」
「……違う」
クロハは静かに箸を置いた。
「違うなら、何が……」
「私以外の女の話をするな」
「え?」
「不愉快だ」
クロハは無表情だが、明らかに機嫌が悪い。
目つきが鋭くなっている。
「いや、ただの仕事の話だぞ?」
「それでも不愉快だ」
「……もしかして、嫉妬してる?」
「……」
クロハは何も答えなかった。
でも、耳が少し赤くなっている。
「嫉妬してないぞ」
「してるだろ」
「していない」
「耳が赤い」
「……」
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食後。
クロハはリビングのソファで、パン太郎を抱きしめていた。
……明らかに機嫌が悪い。
ぬいぐるみを相手に、ブツブツ何か言っている。
「パン太郎。お前だけだ。私の味方は」
「いや、俺もいるんだけど」
「……」
クロハは無視した。
「パン太郎。人間の男は信用できない」
「聞こえてるんだけど」
「……」
無視が続いた。
クロハはパン太郎を抱きしめたまま、テレビを見始めた。
でも、明らかに画面を見ていない。
目線がずっと俺の方を向いている。
「クロハ」
「何だ」
「怒ってるのか?」
「怒っていない」
「怒ってるだろ」
「怒っていないと言っている」
クロハはパン太郎をギュッと抱きしめた。
ぬいぐるみが潰れそうだ。
パン太郎、可哀想。
「佐々木さんは、ただの後輩だぞ」
「知らない」
「仕事の相談に乗っただけだ」
「知らない」
「それ以上の関係じゃない」
「知らない」
クロハは頑なだった。
頬が少し膨らんでいる。
……なんか、可愛いな。
「……」
「何を笑っている」
「いや、笑ってないよ」
「笑っただろう」
「笑ってない」
「嘘つき」
クロハはぷいとそっぽを向いた。
パン太郎を盾にするように抱えている。
「……」
俺は溜息をついた。
どうしたものか。
でも、正直言って、少し嬉しかった。
クロハが俺に嫉妬するなんて。
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翌日。
クロハは、俺に話しかけてこなかった。
朝食の時も、黙々と食べるだけ。
出勤する時も、「行ってらっしゃい」の一言だけ。
いつもなら「無理するな」とか「定時で帰れ」とか言うのに。
……本格的に拗ねている。
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帰宅後。
「ただいま」
「……おかえり」
クロハは素っ気ない。
リビングにいるが、こっちを見ない。
「今日、佐々木さんはどうだった?」
「え? いや、今日は話してないけど」
「そうか」
「……」
何も言わなくても、気になっているらしい。
「クロハ」
「何だ」
「ちょっと来てくれ」
「なぜだ」
「いいから」
俺はクロハの手を取って、ソファに座らせた。
そして、向かい合う。
「話がある」
「……」
「俺とお前の関係について」
「……」
クロハは黙って俺を見つめている。
紫色の瞳が、少し潤んでいるように見える。
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「俺は、佐々木さんを特別に思ってない」
「……」
「ただの後輩だ。可愛いとは言ったけど、それは妹みたいな意味だ」
「……」
「俺にとって特別なのは、クロハだけだ」
クロハの目が、大きく見開かれた。
「……本当か」
「ああ、本当だ」
「……嘘じゃないか」
「嘘じゃない」
「……証明しろ」
「証明?」
クロハは俺を見つめた。
「私以外の女の魂を見るな」
「いや、魂は見えないんですけど」
「見るな」
「だから見えないって」
「気持ちの問題だ」
「……」
クロハは少し膨れた顔をした。
「私だけを見ろ」
「……」
「私だけの魂を見ろ」
「だから俺には見えないって」
「気持ちの問題だ」
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俺は深呼吸した。
「クロハ」
「何だ」
「俺の目には、お前しか映ってないよ」
「……」
「他の女の子と話すことはあるけど、心の中はお前でいっぱいだ」
「……本当か」
「ああ、本当だ」
クロハは少し考えて、小さく頷いた。
「……分かった」
「許してくれるか?」
「許す」
「よかった」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「帰ってきたら、まず私に話しかけろ。他の女の話はするな」
「……分かった」
「私を一番に扱え」
「……それは、もうそうしてるつもりだけど」
「足りない」
「そうか……」
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その夜。
クロハは俺の隣にぴったりと座っていた。
いつもより近い。腕が触れる距離。
「誠一」
「なんだ」
「私は独占欲が強いらしい」
「初めて知ったのか」
「自覚した」
「そうか」
「お前は私のものだ」
「……」
「勝手にどこかに行くな」
「行かないよ」
「約束しろ」
「約束する」
クロハは満足そうに頷いた。
「よし」
「よしって……」
「これからは、私だけを見ろ」
「分かったよ」
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「……誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「……また、それか」
「嫉妬していた時より、輝いている」
「そりゃ、仲直りしたからな」
「そうか」
「クロハが機嫌良くなったから、俺も嬉しいんだよ」
「……」
クロハは少し照れたように視線を逸らした。
「……私も嬉しい」
「そうか」
「お前が私だけを見てくれるなら、嬉しい」
「見てるよ、ずっと」
俺たちは並んで座って、テレビを見た。
クロハは俺の腕にもたれかかっていた。
独占欲の強い死神。
面倒だけど、なんだか嬉しい。
俺だけを見てほしいと思ってくれてるんだから。




