第24話「死神と買い物」
「今日は買い物に行く」
週末の午前。
クロハがエコバッグを手に立っていた。
「スーパーか」
「ああ。冷蔵庫が空になった」
「一緒に行こうか」
「当然だ。荷物持ちが必要だ」
「荷物持ち扱いか……」
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近所のスーパーマーケット。
入口を入ると、広い売り場が広がっている。
野菜、果物、肉、魚、惣菜、お菓子。
「……」
クロハは目を輝かせていた。
「たくさんある」
「まあ、スーパーだからな」
「何でも買えるのか」
「お金があればな」
「死神の世界にはこういう場所がない」
「どうやって食べ物を手に入れるんだ?」
「食べない」
「そうだった」
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まずは野菜コーナー。
「キャベツが安い」
「おお、特売だな」
「特売とは何だ」
「普段より安く売ることだ」
「なぜ安くする」
「客を呼び込むためだよ」
「……賢い戦略だな」
クロハはキャベツを手に取った。
じっくりと見つめている。
「良いキャベツだ」
「分かるのか」
「葉が詰まっている。重い。新鮮だ」
「いつの間に詳しくなったんだ」
「料理をするようになって、勉強した」
「偉いな」
「死神だからな」
意味は分からないが、クロハは満足そうだ。
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次に、肉コーナー。
「今日は何を作る予定だ?」
「カレー」
「おお、いいな」
「カレーは失敗が少ないと聞いた」
「まあ、確かに」
「だから挑戦する」
クロハは肉を選び始めた。
「豚肉か、鶏肉か、牛肉か……」
「どれでも美味しいぞ」
「悩む」
「俺は牛肉が好きだな」
「では牛肉にする」
クロハは牛肉のパックを手に取った。
「……でも高い」
「今日は奮発しよう」
「いいのか」
「たまにはな」
「……ありがとう」
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お菓子コーナー。
「誠一」
「なんだ」
「これは何だ」
クロハが、ポテトチップスの袋を持っていた。
「ポテチだよ。じゃがいもを薄く切って揚げたやつ」
「美味しいのか」
「美味しいぞ」
「買ってもいいか」
「いいよ」
クロハは嬉しそうにポテチをカゴに入れた。
「これも」
「チョコレートか。いいぞ」
「これも」
「グミか。いいけど、買いすぎじゃないか」
「買いすぎではない。適正量だ」
「三つも買ってるぞ」
「適正量だ」
クロハは譲らなかった。
死神にも甘いものへの欲求はあるらしい。
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特売コーナー。
「これは何だ」
クロハが、赤い札が付いた商品を見ていた。
「半額シールだな。賞味期限が近いから安くなってる」
「半額……」
「お得だぞ」
「……狩りの時間だ」
クロハの目つきが変わった。
紫色の瞳が鋭く光っている。
「狩り?」
「半額品を狩る」
「いや、普通に買えばいいんだけど……」
「任せろ」
クロハは半額シールの付いた商品を次々とカゴに入れ始めた。
お惣菜、パン、ヨーグルト、ジュース。
「クロハ、そんなに買ってどうするんだ」
「食べる」
「食べきれるか?」
「食べる」
クロハは負けず嫌いらしい。
半額品との戦いに負けるつもりはないようだ。
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レジで会計。
「……合計3,240円です」
「思ったより高い……」
「半額品を買ったのに」
「お菓子を買いすぎたせいだな」
「……」
クロハは少し落ち込んでいる。
半額品を狩ったつもりが、他で使いすぎたらしい。
「まあ、いいよ。たまには贅沢も必要だ」
「……すまない」
「謝ることじゃないよ」
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帰り道。
俺は両手に買い物袋を持って歩いていた。
クロハはエコバッグ一つだけ持っている。
「重いか」
「まあ、少しな」
「半分持とうか」
「いや、いい。これくらい」
「……そうか」
クロハは俺の隣を歩いている。
時々、俺の方を見ている。
「どうした?」
「……お前、主婦のようだ」
「主婦?」
「買い物上手で、荷物を持って、家に帰る」
「俺は主夫じゃなくて会社員だけどな」
「そうだな」
クロハは少し笑った。
「でも、お前と買い物に行くのは楽しい」
「そうか」
「一人で行くより、ずっといい」
「……」
「また行こう」
「ああ、また行こう」
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帰宅後。
買ってきた食材を冷蔵庫にしまう。
「これで一週間は持つな」
「ああ」
「クロハ、カレー作るんだろ? 手伝おうか」
「いい。一人でやる」
「大丈夫か?」
「カレーは失敗が少ないと言っただろう」
「……まあ、そうだけど」
俺は不安を感じつつも、クロハに任せることにした。
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三十分後。
「できた」
クロハが、カレーの鍋を持ってきた。
キッチンから漂ってくる、スパイシーで芳醇な香り。
玉ねぎの甘み、肉の旨味、ルーの香辛料が混ざり合った、食欲をそそる匂い。
「おお、いい匂いだな」
「ルーの力だ」
「ルーは偉大だからな」
「ああ。誰でも美味しく作れる」
皿に盛られたカレー。
白いご飯の上に、茶色いルーがたっぷりとかかっている。
ゴロゴロと大きめに切られた牛肉、人参、じゃがいも。
ルーの表面には、肉から溶け出した脂が虹色に光っている。
俺はスプーンですくって、一口食べた。
まず、口の中にスパイスの香りが広がる。
続いて、玉ねぎの甘さとトマトの酸味。
そして、牛肉の深い旨味がじわじわと広がっていく。
じゃがいもはホクホクで、噛むとほろりと崩れる。
人参は甘くて、カレーのスパイスと絶妙にマッチしている。
辛すぎず、甘すぎず、まさに家庭の味。
温かくて、ほっとする味だ。
「……美味い」
「本当か」
「ああ、本当に美味いよ。すごく」
クロハは嬉しそうに微笑んだ。
「牛肉も美味しいだろう」
「ああ。柔らかくて、ジューシーで、最高だ」
「奮発した甲斐があった」
「完全にあった。またこの牛肉で作ってくれ」
「……分かった」
クロハは照れたように視線を逸らした。
「財布と相談だな」
「死神には給料がないのが残念だ」
「働いたらもらえるんじゃないか?」
「死神の仕事に給料はない」
「ブラックだな」
「ブラック?」
「いや、なんでもない」
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「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「カレーを食べたからか」
「それもあるが、それだけではない」
「じゃあ何だ」
「……分からない」
俺は笑った。
輝いている理由は、多分カレーのせいじゃない。
クロハと過ごす日常が、幸せだからだ。
「……また一緒に買い物に行こう」
「ああ、行こう」
「半額品をもっと狩る」
「ほどほどにな」
「ほどほどでは勝負にならない」
「何の勝負だよ」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。




