第22話「死神と掃除」
「大掃除をする」
休日の朝。
クロハが、エプロンを付けて宣言した。
「大掃除?」
「ああ。部屋が散らかっている」
「そんなに散らかってないと思うけど」
「散らかっている。死神の基準では」
「死神の基準って何だよ」
「清潔であること」
クロハは掃除道具を並べ始めた。
掃除機、雑巾、バケツ、洗剤。
「まず、床を掃除する」
「俺も手伝うよ」
「当然だ。お前の部屋だ」
---
クロハが掃除機を構えた。
しかし、動かない。
「……」
「電源入れてないぞ」
「分かっている」
クロハはコンセントに電源プラグを差し込んだ。
そして、スイッチを入れる。
ウィイイイイン!
掃除機が唸りを上げた。
「おお、動いた」
「当然だ」
クロハは掃除機を押し始めた。
しかし、動きがぎこちない。
「クロハ、そんなに力入れなくていいぞ」
「これくらいでいいのか」
「もう少し軽く」
「こうか」
「そうそう」
クロハは掃除機を動かしている。
少しずつ慣れてきたようだ。
しかし――
「……誠一」
「なんだ」
「この掃除機、何か吸い込んでいる」
「ゴミを吸い込むのが仕事だからな」
「いや、違う。何か違うものを吸い込んだ」
「え?」
クロハは掃除機を止めた。
掃除機の吸い込み口には、俺の靴下が詰まっていた。
「……」
「あ」
「お前、床に靴下を放置していたのか」
「すまん、脱ぎ捨てたままだった」
「だらしない」
「反省してます……」
---
次に、窓拭き。
「窓を拭く」
「頼むぞ」
クロハは雑巾を持って、窓の前に立った。
そして、窓ガラスを拭き始める。
……しかし。
拭き跡が残る。
「クロハ、拭き方が違う」
「どう違う」
「縦に拭いたり横に拭いたり、バラバラだから跡が残るんだ」
「どうすればいい」
「一定方向に拭くんだ。コの字を描くように」
「こうか」
「そうそう」
クロハは真剣な顔で窓を拭いている。
銀髪を結い上げて、エプロンを付けて、雑巾を持って。
なんだか新妻みたいだ。
……と思いながら、クロハの後ろ姿を見ていたら。
クロハが背伸びをして、高いところを拭き始めた。
「……」
エプロンの紐が、クロハの腰でキュッと結ばれている。
その下に、細いウエストのくびれが見える。
そして、丸みを帯びたお尻のライン。
背伸びをすることで、ワンピースの裾が少し上がっている。
白い太ももが、いつもより多く見えている。
「……」
俺は慌てて視線を逸らした。
何を見てるんだ、俺は。
「誠一?」
「な、なんだ」
「上の方が届かない。手伝ってくれ」
「お、おう」
俺はクロハの隣に立った。
高いところを拭くために、クロハの後ろに回る形になる。
クロハの髪から、いい匂いがする。
花のような、少し冷たい香り。
「……誠一」
「な、なんだ」
「近い」
「す、すまん」
「別に嫌ではない」
「……」
---
掃除を続けていると、クローゼットの整理になった。
「お前の部屋から、色々出てきた」
「え?」
クロハは俺の部屋に入って、クローゼットを開けていた。
俺は慌てて駆けつけた。
「ちょ、ちょっと待て!」
「何だ」
「俺の部屋は俺がやるから!」
「もう開けた」
「開けちゃったのか……」
クローゼットの中には、色々なものが詰め込まれていた。
昔のゲーム機、読まなくなった漫画、そして――
「これは何だ」
クロハが、一冊の本を手に取った。
「……っ!」
それは、俺が独身時代に買った写真集だった。
水着の女性モデルが表紙を飾っている。
「い、いや、それは!」
「女性の写真集のようだが」
「か、会社の先輩からもらったんだよ! 捨て忘れてて!」
「そうか」
クロハは写真集をペラペラとめくった。
「……」
「……」
「……水着か」
「……っ」
「露出度が高い」
「だ、だから見るなって!」
「なぜ見てはいけないのだ」
「恥ずかしいから!」
「お前が恥ずかしい? 撮られた女性の話か?」
「俺が恥ずかしいんだよ!」
クロハは不思議そうに写真集を見つめている。
「……誠一」
「な、なんだ」
「こういうものが好きなのか」
「す、好きとかじゃなくて……」
「好きか嫌いかで言えば」
「……」
「どっちだ」
「……嫌いじゃないです……」
「やはり好きなのか」
俺は頭を抱えた。
「……誠一」
「なんだ」
「男は皆、こういうものを集めるのか」
「い、いや、全員じゃないけど……」
「でも、お前は集めていた」
「こ、これ一冊だけだから!」
クロハは無表情で俺を見つめている。
その目が、妙に真剣だ。
「……誠一」
「……なんだ」
「どういうタイプが好みなのだ」
「え?」
「この女性のような体型か」
「な、何を言って……」
「胸が大きい方がいいのか」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「私より胸が大きい女性が好みなのか」
「違う! 違うから!」
俺は必死で否定した。
「じゃあ、私くらいの体型がいいのか」
「……っ」
「どうなのだ」
「……」
「答えろ」
クロハの紫色の瞳が、じっと俺を見つめている。
無表情だが、どこか真剣だ。
「……クロハが、好みだ」
「……」
「お前の体型が、好みなんだ」
「……」
クロハの耳が、少し赤くなった。
そして——
「……変態」
「え」
「スケベだな、お前」
「いや、お前が聞いたから答えただけで……!」
「でも、私の体型が好みと言った」
「言った、けど……」
「変態だ」
「理不尽だ!」
クロハは無表情だが、耳が真っ赤だ。
照れ隠しで言っているのが丸わかりだった。
「……なら、この写真集は必要ないな」
「う、うん。捨てて」
「分かった」
クロハは写真集をゴミ袋に入れた。
俺は冷や汗をかいていた。
「……誠一」
「な、なんだ」
「こういうものは、隠すなら上手く隠せ」
「す、すみません……」
「死神の目は誤魔化せない」
「……はい」
「それと」
「まだあるのか……」
「私のことを考えれば、そういうものは不要だろう」
「おっしゃる通りです……」
「でも、見たいなら言え」
「言わないよ!」
「……なぜだ。遠慮しなくていい」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
俺はふと、反撃の糸口を見つけた。
「……クロハ」
「何だ」
「その言葉、なんか変態っぽいぞ」
「……は?」
「『見たいなら言え』って……なんかスケベだな、お前」
「……っ!」
クロハの顔が、一瞬で赤くなった。
「ち、違う! そういう意味ではない!」
「いや、完全にそういう意味に聞こえたけど」
「違う! 私は、だから……!」
「分かった分かった。クロハはスケベじゃない」
「当然だ!」
---
クロハは真っ赤な顔で、ぷいと横を向いた。
やっと反撃できた。少しスッキリした。
---
掃除が一通り終わった。
部屋はピカピカになっていた。
窓ガラスは輝き、床は埃一つない。
片付いたクローゼット、整頓された本棚。
「……疲れた」
クロハがソファに座り込んだ。
エプロンを外して、ぐったりしている。
「お疲れ様。ほら、お茶」
「ありがとう」
クロハはお茶を受け取って、一口飲んだ。
「掃除は重労働だな」
「だろ? 毎週やってるけど、大変だよ」
「毎週?」
「まあ、俺は手を抜くことも多いけど」
「だから靴下が落ちていたのか」
「……すみません」
クロハは少し笑った。
「でも、綺麗になると気持ちいい」
「そうだな」
「また一緒に掃除しよう」
「頼むぞ」
「ただし、変なものは先に隠しておけ」
「……肝に銘じます」
---
「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「掃除したからか?」
「それもあるが、それだけではない」
「じゃあ何だ」
「……分からない。でも輝いている」
俺は苦笑いした。
輝いている理由は、多分掃除のせいじゃない。
エプロン姿のクロハが可愛かったからだ。
でも、それは絶対に言えない。




