第20話「死神と水族館」
「水族館か」
クロハが、水槽の写真が載った雑誌を見ながら呟いた。
「行ったことあるか?」
「ない」
「じゃあ行こう」
クロハの目が、きらりと輝いた。
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週末。
俺たちは海沿いの水族館に来ていた。
入口を入ると、巨大な水槽が出迎えてくれた。
青い光、泳ぐ魚たち、ゆらゆらと揺れる海藻。
「……」
クロハは足を止めて、水槽を見上げている。
紫色の瞳が、青い光を映している。
「綺麗……」
「だろ? 水族館は癒やされるよな」
「人間は、海の生き物も集めるのか」
「海は簡単に見に行けないからな」
「合理的だ」
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色々な水槽を見て回った。
熱帯魚のエリア。
カラフルな魚たちが泳いでいる。
「……誠一」
「なんだ」
「魚の魂が見えない」
「え?」
「動物園では動物の魂が見えた。でも、魚の魂は見えない」
クロハは不思議そうに水槽を見つめている。
「魚には魂がないのか……?」
「どうなんだろうな」
「あるいは、魂が小さすぎて見えないのか。分からない」
クロハは考え込んでいる。
死神にとっても、魚の魂は謎らしい。
「死神の世界でも、魚の魂については議論がある」
「そうなのか」
「一説には、魚は魂を持たず、純粋な生命エネルギーだけで動いているという」
「哲学的だな」
「別の説では、魚の魂は人間とは違う次元にあるという」
「どっちが正しいんだ?」
「分からない。それを解明するのは私の仕事ではない」
クロハは興味を失ったように、次の水槽へ移動した。
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クラゲのエリア。
暗い空間の中、クラゲが光に照らされて浮かんでいる。
ゆらゆら、ふわふわと漂う姿。
幻想的な光景だ。
「……」
クロハは足を止めて、クラゲを見つめていた。
動かない。じっと見入っている。
「クロハ?」
「……綺麗だ」
クロハの声が、いつもより柔らかい。
「クラゲは不思議な生き物だな。脳がないのに生きている」
「そうなのか」
「心臓も血液もない。ほとんどが水分」
「物知りだな」
「死神は生き物の構造に詳しい。魂を回収するには、体の仕組みを知る必要がある」
クロハはクラゲを見つめ続けている。
「でも、クラゲには魂が見えない。魚と同じだ」
「そうか」
「脳がないから、魂もないのかもしれない」
「じゃあ魂は脳にあるのか」
「正確には違う。魂は体全体に宿る。でも、意識は脳と関係している」
クロハは首を傾げた。
「クラゲは意識を持たないから、魂がないのかもしれない。あるいは、意識とは別の何かで動いているのかもしれない」
「難しい話だな」
「ああ。私にも分からない」
俺たちはしばらく、クラゲを眺めていた。
ゆらゆらと漂う姿は、見ているだけで心が落ち着く。
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イルカショーの時間になった。
大きなプールの前に、観客席が並んでいる。
俺たちは前の方の席に座った。
「イルカとは何だ」
「頭が良い海の生き物だよ。芸をするんだ」
「芸?」
「ジャンプしたり、ボールで遊んだり」
ショーが始まった。
トレーナーの合図で、イルカがプールから飛び出した。
高く跳躍し、空中で回転し、水しぶきを上げて着水。
「……っ!」
クロハが息を呑んだ。
次々とイルカがジャンプしていく。
輪くぐり、ボール遊び、トレーナーを乗せてのパフォーマンス。
周囲の観客から歓声が上がる。
子供たちが手を叩いている。
クロハは――
「すごい」
目を輝かせていた。
普段は無表情なのに、今は子供のように夢中になっている。
手を叩いて、イルカを応援している。
「もっとやれ」
「クロハ、声が大きい」
「もっと高く跳べ」
「落ち着け」
クロハは完全にイルカショーに夢中だった。
三千歳の死神が、イルカに興奮している。
シュールな光景だが、見ていて楽しい。
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ショーが終わった。
「……すごかった」
クロハはまだ興奮冷めやらぬ様子だ。
頬が少し赤くなっている。
「イルカには魂が見えた」
「え、マジで?」
「ああ。動物と同じ魂だった。澄んでいて、活発で、喜びに満ちていた」
「イルカは賢いからな」
「知性と魂は関係があるのかもしれない。クラゲには魂が見えなかった。でも、イルカには見えた」
クロハは考え込んでいる。
「興味深い。いつか研究してみたい」
「死神の研究者になるのか」
「副業としてはありかもしれない」
「死神に副業があるのか」
「ないが、提案してみる」
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お土産コーナー。
クロハはクラゲのぬいぐるみを見つめていた。
「……」
「また欲しいのか?」
「……」
クロハは何も答えなかったが、じっとぬいぐるみを見ている。
「買ってやるよ」
「……いいのか」
「ああ。パン太郎の友達にしよう」
俺はクラゲのぬいぐるみを買った。
透明感のある生地で、本物のクラゲのように見える。
「名前は?」
「……クラ美」
「また安直だな」
「分かりやすくていい」
クロハはクラ美を大事そうに抱えた。
パン太郎とクラ美。
死神の友達が増えていく。
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帰り道。
「誠一」
「なんだ」
「水族館は良かった」
「そうか」
「魚やクラゲには魂が見えなかったが、イルカには見えた」
「興味深い発見だな」
「ああ。人間界は発見の連続だ」
クロハはクラ美を見つめた。
「お前と一緒にいると、新しいことをたくさん学べる」
「俺は大したことしてないけどな」
「連れて行ってくれる。それで十分だ」
「……そうか」
「ありがとう」
俺は照れくさくなって、視線を逸らした。
「どういたしまして」
「……誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「……また、それか」
「水族館にいる時より、今の方が輝いている」
「そうか」
「イルカの魂に近い輝きだ」
「イルカ……」
「澄んでいて、活発で、喜びに満ちている」
俺は少し笑った。
「イルカに例えられたのは初めてだな」
「褒めているのだ」
「分かってる」
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帰宅後。
クロハはパン太郎の隣にクラ美を置いた。
ベッドの上に、パンダとクラゲが並んでいる。
「友達が増えた」
「良かったな」
「次は何を連れて帰ろうか」
「また出かける前提か」
「当然だ。人間界にはまだ見ていないものがたくさんある」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。




