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第2話「死神と申請書」

 翌日。

 クロハは死神第七課に申請書を提出しに行くことになった。


「行ってくる」

「頑張れ」

「ああ」


 クロハが書類の束を抱えて、移動の準備を始めた。


「なあ、俺も一緒に行けないのか」

「え?」

「死神課、見てみたい」


 正直、好奇心だった。

 どんな場所なのか気になる。


「……人間が来た前例はないが……」

「ダメか?」

「……連れて行けなくはない。ただ、疲れるかもしれない」

「大丈夫だ。お前の職場、見てみたい」

「……分かった」


---


 クロハが俺の手を握った。


「離すなよ」

「分かった」

「目を閉じろ」

「ああ」


 目を閉じた瞬間——


 ぐわん、と世界が回転するような感覚。

 体が引っ張られるような、押し潰されるような、不思議な圧力。

 まるで洗濯機の中に放り込まれたみたいだ。


「……っ!」


 数秒後、足が地面についた。


「着いたぞ」

「う、うぇ……」


 俺は少しふらついた。

 酔いそうだ。


「大丈夫か」

「な、なんとか……これ、毎回やってるのか」

「慣れれば何ともない」

「すげえな死神……」


---


 目を開けて、周囲を見渡した。


 そこは——


 普通のオフィスだった。


「……え?」


 白い壁、白い床、白い天井。

 整然と並んだデスク、書類を運ぶ死神たち、どこかで鳴るコピー機の音。


「思ったより……普通だな」

「何を期待していた」

「もっとこう、地獄みたいな……炎とか、鬼とか」

「それは別の部署だ」

「あるんだ」


 死神たちが、チラチラと俺を見ている。

 珍しいのだろう。人間が来るなんて。


「じろじろ見られてるな」

「人間は珍しいからな」

「有名人になった気分だ」

「良い意味ではないが」

「分かってる」


 クロハは受付カウンターに向かった。


「申請書類の提出に来ました」

「はい、お預かりします。……あら、人間ですか」

「付き添いです」

「まあ、珍しい」


 受付の死神は、興味深そうに俺を見た。

 美人だが、目が完全に黒い。少し怖い。


「では、こちらの待合室でお待ちください」

「分かりました」


 俺たちは待合室のベンチに座った。


---


 待っている間、暇なので周囲を観察した。


 オフィスを行き交う死神たち。

 みんな黒いローブを着ている。制服なのだろうか。

 書類を抱えて走り回る若い死神、パソコンに向かってカタカタやっている死神、廊下で立ち話をしている死神。


 ……なんか、普通の会社みたいだな。


「クロハ」

「なんだ」

「死神って、結構普通に働いてるんだな」

「当然だ。仕事だからな」

「残業とかあるのか」

「ある。繁忙期は特に」

「繁忙期?」

「年末年始とか。人間がたくさん死ぬから」

「……シビアだな」


 クロハは淡々と言った。

 まあ、死神だから当然か。


---


 隣を見ると、自動販売機があった。


「あれ、自販機か」

「ああ。飲み物が買える」

「死神も飲み物飲むのか」

「飲める。必須ではないが」


 俺は財布を取り出した。


「買ってくる」

「お金は使えないぞ」

「え?」

「死神界の通貨は別だ」

「……そうか」


 がっかりして戻ってきた。


「何が売ってるんだ」

「魂のエッセンスとか、霊力水とか」

「怖い名前だな」

「美味しいぞ」

「今度飲んでみたい」

「無理だ。人間が飲むと副作用がある」

「例えば?」

「三日間眠り続けるとか」

「やめとく」


---


 向かいのベンチに、別の死神が座っていた。

 俺をじっと見ている。


「……なんか見られてる」

「珍しいからな」

「話しかけてきたりしないよな」

「分からない」


 その死神が、こちらに歩いてきた。


「あの、すみません」

「は、はい」

「人間ですよね」

「はい」

「初めて見ました。触ってもいいですか」

「え?」


 クロハが割って入った。


「ダメだ」

「なぜですか」

「私のだ」

「……?」


 死神は首を傾げながら去っていった。


「……私のって何だ」

「気にするな」


 クロハは無表情だが、耳が少し赤い気がした。


---


 三時間後。


「ただいま」


 クロハが戻ってきた。

 ……ぐったりしている。


「どうだった?」

「……書類が足りなかった」

「え?」

「追加で二十枚必要だと言われた」


 クロハはテーブルに新しい書類の束を置いた。

 また厚さ五センチくらいある。


「マジか……」

「マジだ」


 クロハは疲れた顔で椅子に座り込んだ。


「しかも、上司との面談が必要らしい」

「面談?」

「ああ。なぜ顕現権が必要なのか、直接説明しろと」

「それは……大変だな」

「大変だ」


---


 クロハは溜息をついた。


「上司は厳しい死神だ。簡単には許可を出さないだろう」

「どんな人なんだ?」

「死神第七課課長、シロガネ。三万歳」

「三万歳!?」

「死神の中では中堅だ」

「中堅……」


 スケールが違いすぎる。


「どんな性格なんだ?」

「規則に厳しい。書類にうるさい。無駄話を嫌う」

「お役所の典型みたいだな」

「典型だ」


---


 俺はクロハの肩をポンと叩いた。


「大丈夫だ。頑張ろう」

「……ああ」

「終わったら、一緒にカフェに行くんだろ」

「……行く」

「ケーキ、何を頼む?」

「……チーズケーキ」

「いいな。俺はチョコレートケーキにするよ」


 クロハの表情が、少し和らいだ気がした。


「早く行きたい」

「ああ。早く行こう」

「書類、頑張る」

「一緒に頑張ろう」


 外出への期待が、疲れた心を少し軽くしてくれる。

 ゴールがあるから、頑張れる。

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