第19話「死神と動物園」
「動物園か」
クロハが、テレビに映っている動物を見ながら呟いた。
パンダの特集番組が放送されている。
「行ってみたいか?」
「……」
クロハはじっとパンダを見つめている。
白黒の体、丸い顔、笹を食べるゆっくりとした動き。
「可愛い」
「パンダ、好きか」
「分からない。見たことがない」
「じゃあ、見に行こう」
クロハの目が、きらりと輝いた。
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週末。
俺たちは動物園に来ていた。
入口を入ると、様々な動物の看板が並んでいる。
ペンギン、キリン、ゾウ、ライオン。
「たくさんいる」
「動物園だからな」
「人間は、動物を集めて眺めるのか」
「まあ、そういう場所だ」
「非効率だ」
「また効率の話か」
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まずはパンダ館。
長い列に並んで、やっとパンダのエリアに入れた。
ガラス越しに、二頭のパンダがいた。
「……」
クロハは黙って、パンダを見つめている。
紫色の瞳が、パンダの動きを追っている。
「可愛い」
「だろ?」
「丸い。白黒。動きが遅い」
「特徴を並べてるだけだな」
「でも可愛い」
パンダは笹をもぐもぐと食べている。
のんびりした動きが癒やされる。
「誠一」
「なんだ」
「あのパンダ、あと二十三年生きる」
「え?」
「魂を見れば分かる。あのパンダの寿命は、あと二十三年だ」
俺は少し驚いた。
「動物の魂も見えるのか」
「見える。人間ほど複雑ではないが」
「そうか……」
「あの左のパンダは二十三年。右のは十八年」
「そんなに違うのか」
「個体差がある」
クロハは淡々と説明した。
死神にとっては普通のことらしい。
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次に、キリンのエリア。
「……首が長い」
「キリンだからな」
「なぜこんなに長いのだ」
「高い木の葉を食べるためらしいぞ」
「進化とは不思議なものだな」
クロハはじっとキリンを見つめている。
「……あのキリン、あと十五年」
「また寿命か」
「つい見てしまう。職業病だ」
「職業病って……」
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ライオンのエリア。
「百獣の王だ」
「そうらしいな」
「……眠っている」
「ライオンは一日の大半を寝て過ごすらしい」
「怠惰な王だな」
「野生では狩りで疲れるから、休息が必要なんだよ」
「……あのライオン、あと十二年」
「もう寿命言わなくていいから」
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ペンギンのエリア。
「……可愛い」
クロハの目が輝いた。
ペンギンたちが、よちよちと歩いている。
「歩き方が面白い」
「ペンギンらしい歩き方だな」
「水に入ると速い」
「泳ぎが得意だからな」
クロハはしばらくペンギンを見つめていた。
普段は無表情なのに、目元が柔らかくなっている。
「……あのペンギン、あと……」
「寿命は聞かないってば」
「……分かった」
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ふれあいコーナー。
ここでは、小動物と触れ合うことができる。
うさぎ、モルモット、ひよこ……そして、フクロウ。
「……」
クロハの足が、フクロウの前で止まった。
灰色の羽毛、大きな目、くりくりとした瞳。
フクロウはじっとクロハを見つめている。
「……」
「クロハ?」
「……この子」
「え?」
「この子、私を見ている」
クロハとフクロウは、互いに見つめ合っていた。
不思議な光景だ。銀髪の死神と灰色のフクロウ。
「触れ合ってみるか?」
「……いいのか」
「ふれあいコーナーだからな」
俺はスタッフにお願いして、フクロウを腕に乗せてもらった。
クロハの腕に、フクロウがちょこんと乗る。
「……軽い」
「フクロウは骨が中空だからな。軽いんだ」
「……温かい」
クロハはフクロウを見つめている。
紫色の瞳と、黄色い瞳が見つめ合っている。
「……この子の魂」
「また魂か」
「いや……不思議な魂だ」
「どういう意味だ」
「……私に似ている」
「似ている?」
「死を見つめている。夜の生き物だからだろうか」
フクロウは、クロハの腕の上で落ち着いている。
通常、初対面の人には警戒するらしいが、クロハには懐いているようだ。
「……誠一」
「なんだ」
「この子、連れて帰りたい」
「無理だ」
「なぜだ」
「動物園の動物だから。連れて帰れないんだ」
「……」
クロハは少し悲しそうな顔をした。
「でも、また会いに来ればいい」
「……また来ていいのか」
「動物園は何回でも来られるぞ」
「……そうか」
クロハは少し安心したようだった。
「……この子、名前はあるのか」
「さあ、スタッフさんに聞いてみようか」
スタッフに聞くと、そのフクロウは「ムーン」という名前らしい。
「ムーン……月か」
「クロハ、月が好きだったよな」
「ああ。闇夜に輝くものは、美しい」
クロハはムーンを撫でた。
フクロウはクロハに懐いて、目を細めている。
「……また会いに来る」
「ああ、また来よう」
「約束だ」
「約束だ」
クロハはムーンをスタッフに返した。
名残惜しそうに、何度も振り返りながら。
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昼食時。
動物園内のレストランで食事をしていた。
「誠一」
「なんだ」
「動物の魂は、人間とは違う」
「どう違うんだ」
「シンプルだ。純粋というか」
「そうなのか」
「人間の魂は複雑だ。喜び、悲しみ、怒り、愛。色々なものが混ざり合っている」
「動物はそうじゃないのか」
「動物の魂は単純だ。食べたい、眠りたい、子孫を残したい。基本的な欲求だけ」
クロハはソフトクリームを舐めながら言った。
「でも、それはそれで美しい」
「そうか」
「純粋な魂は、輝きが澄んでいる。濁りがない」
「人間の魂は濁ってるのか」
「濁っているわけではない。ただ、複雑なのだ」
クロハは俺を見た。
「お前の魂は、複雑だが美しい」
「……ありがとう。多分」
「褒めているのだ」
「そうか」
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午後。
お土産コーナーに来た。
クロハは、パンダのぬいぐるみを見つめていた。
「……」
「欲しいか?」
「……」
クロハは何も答えなかったが、じっとぬいぐるみを見つめている。
欲しそうな顔だ。無表情だけど、なんとなく分かる。
「買ってやるよ」
「……いいのか」
「ああ。記念にな」
俺はパンダのぬいぐるみを手に取った。
大きさは三十センチくらい。ふわふわしていて、可愛らしい。
「これでいいか?」
「……ありがとう」
クロハはぬいぐるみを受け取って、胸に抱きしめた。
その姿が、なんとも言えず可愛らしかった。
「……名前を付ける」
「ぬいぐるみにか」
「ああ。パン太郎」
「安直だな」
「分かりやすくていい」
クロハはパン太郎を大事そうに抱えて歩き始めた。
三千歳の死神が、パンダのぬいぐるみを抱えている。
シュールな光景だが、妙に似合っている。
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帰り道。
「誠一」
「なんだ」
「今日は楽しかった」
「そうか」
「動物は良いものだな。人間界には色々なものがある」
「死神の世界には動物がいないのか」
「いない。魂を持つ生き物は人間だけだ……と思っていた」
「思っていた?」
「今日、動物にも魂があることを再確認した。小さくて単純だが、確かに存在する」
クロハはパン太郎を見つめた。
「このぬいぐるみには魂がない」
「そりゃ、ぬいぐるみだからな」
「でも、お前がくれたから、価値がある」
「……」
「私にとって、価値がある」
俺は照れくさくなって、視線を逸らした。
「大事にしてくれ」
「ああ。大事にする」
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帰宅後。
クロハはパン太郎をベッドの上に置いた。
枕の横に、ちょこんと座らせている。
「一緒に寝るのか」
「ああ。パン太郎は私の友達だ」
「友達……」
三千歳の死神の友達が、パンダのぬいぐるみ。
なんだか微笑ましい。
「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「……また、それか」
「動物園にいる時より、今の方が輝いている」
「そうか」
「なぜだ」
「さあ」
俺はとぼけた。
本当の理由は、クロハが嬉しそうにしているからだ。
でも、それは言わないでおこう。
「……また動物園に行こう」
「ああ、また行こう」
「パン太郎も連れていく」
「……ぬいぐるみを動物園に連れていくのか」
「友達だから」
「……分かった」
俺たちは顔を見合わせて、少し笑った。




