第16話「死神と遊園地」
「遊園地?」
クロハが、首を傾げて俺を見た。
「そうだ。週末、行かないか?」
「遊園地とは何だ」
「色々な乗り物に乗ったり、アトラクションを楽しんだりする場所だよ」
「乗り物?」
「ジェットコースターとか、観覧車とか」
「……分からない」
「実際に行けば分かるよ」
クロハは少し考えて、頷いた。
「分かった。行く」
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週末。
俺たちは郊外の遊園地に来ていた。
入口を抜けると、カラフルな世界が広がっていた。
巨大な観覧車、急旋回するジェットコースター、メリーゴーラウンド。
子供たちの歓声、ポップな音楽、綿あめの甘い匂い。
「……」
クロハは目を丸くして、周囲を見回している。
いつもの無表情が、少しだけ驚いた顔になっている。
「すごいだろ?」
「……人間は、こんな場所を作るのか」
「娯楽施設だからな」
「非効率だ」
「遊ぶ場所だから効率は関係ないんだよ」
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まずはジェットコースター。
「あれに乗る」
「え、いきなりジェットコースター?」
「一番大きな乗り物から制覇するのが効率的だ」
「さっき効率関係ないって言ったばかりなんだけど……」
俺たちは列に並んだ。
周囲のカップルや家族連れが、ワクワクした顔をしている。
クロハだけが、無表情で前を見つめている。
「クロハ、怖くないか?」
「何が」
「いや、あれ、すごいスピードで落ちるんだぞ?」
「落ちてどうなる」
「……死にはしないけど、怖い」
「私は死神だ。死は怖くない」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
そうこうしているうちに、俺たちの番が来た。
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ジェットコースターが動き出した。
カタカタカタ……と、ゆっくりと上っていく。
どんどん高くなる。地上が遠くなる。
「……」
俺は少し緊張していた。
久しぶりのジェットコースターだ。大丈夫か、俺。
横を見ると、クロハは無表情のままだ。
何も感じていないのか、それとも感情を抑えているのか。
頂上に達した。
一瞬、世界が止まったように感じた。
そして――
急降下。
「うわあああ!」
俺は思わず叫んだ。
凄まじいスピード。Gが体にかかる。風が顔を打つ。
急旋回。急上昇。急降下。
振り回される体。悲鳴を上げる周囲の乗客。
そして――
ジェットコースターが止まった。
「はあ……はあ……」
俺は肩で息をしていた。心臓がバクバクいっている。
横を見ると――
クロハは、全くの無表情だった。
「……」
「クロハ、大丈夫か?」
「何が」
「い、いや、怖くなかったか?」
「なぜ怖いと思うのだ」
クロハは不思議そうに俺を見た。
「これより速く動いたことがある。鎌で魂を刈る時は、音速を超えることもある」
「マジか」
「マジだ」
……死神のスペックがおかしい。
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次に、お化け屋敷。
「これは何だ」
「お化け屋敷だよ。中に入って、怖い演出を楽しむんだ」
「怖い演出?」
「幽霊とか、お化けとか出てくる」
「……また嘘の幽霊か」
「まあ、フィクションだけどな」
俺たちは暗い通路に入った。
不気味な音楽、薄暗い照明、血糊の付いた壁。
「……」
俺は少し緊張していた。
お化け屋敷は苦手だ。ジェットコースターより怖い。
突然、横から白い影が飛び出してきた。
「うわっ!」
俺は思わず飛び退いた。
クロハは――無表情のまま、白い影を見つめていた。
「……知り合いがいる」
「え?」
「あれ、第三課のヤツだ」
「は?」
俺は白い影をよく見た。
……人間がシーツを被っているだけだ。アルバイトのスタッフだろう。
「いや、あれはスタッフだぞ」
「いや、その後ろに」
「後ろ?」
俺は白い影の後ろを見た。
暗闘の中に、うっすらと人影が見える。
黒いローブを着た、長い髪の人影。
「……え」
「第三課の回収担当だ。あの人間、もうすぐ死ぬらしい」
「え、マジで?」
「冗談だ」
クロハは無表情で先に進んでいった。
「お、おい、待てよ!」
俺は慌ててクロハの後を追った。
心臓がバクバクいっている。
死神のジョークは笑えない。
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お化け屋敷を出た。
「クロハ、さっきの冗談やめろよ。マジで怖かった」
「何が怖いのだ」
「本物の死神がいるって言われたら怖いだろ」
「私も本物の死神だが」
「……それはもう慣れた」
クロハは少し不満そうな顔をした。
「慣れたのか」
「ああ。むしろ可愛いと思ってる」
「……」
クロハは黙って、視線を逸らした。
耳が少し赤い。
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次に、メリーゴーラウンド。
「あれは何だ」
「メリーゴーラウンド。馬に乗って、ゆっくり回転する」
「……馬?」
クロハは興味深そうにメリーゴーラウンドを見つめている。
白馬、黒馬、ユニコーン。カラフルな馬たちが回っている。
「乗るか?」
「乗る」
俺たちは並んで馬に跨った。
クロハは白馬、俺は隣の黒馬。
ゆっくりと回転が始まった。
軽やかな音楽、上下する馬、回る景色。
「……これは」
「どうだ?」
「……楽しい」
クロハが珍しく、はっきりと楽しそうな顔をしている。
銀髪が風に揺れる。スカートがふわりと広がる。
俺はその姿に見とれていた。
と――
「誠一、どこを見ている」
「え」
「私のスカートを見ていただろう」
「い、いや、見てない」
「嘘だ。風で捲れかけていたのを、お前は見ていた」
「……」
バレた。
「……変態」
「風のせいだろ」
「視線を向けたのはお前だ」
「不可抗力だって」
クロハは無表情だが、頬が少し赤い。
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次に、コーヒーカップ。
「これは何だ」
「コーヒーカップ。中のハンドルを回すと、カップが回転する」
「回転?」
「二人で回すんだ。速く回せば速く回る」
「……勝負か」
「いや、勝負じゃなくて楽しむためなんだけど……」
俺たちはカップに乗り込んだ。
狭い空間。向かい合って座る。膝が触れ合う距離。
「回すか」
「ああ」
クロハがハンドルに手をかけた。
そして――
凄まじい勢いで回し始めた。
「うわっ、速い!」
「もっと速く回せるぞ」
「いや、十分速いって!」
カップがグルグル回る。
遠心力で体が押し付けられる。
俺はクロハの方に倒れ込んだ。
「す、すまん!」
「……重い」
「だから謝ってる!」
俺の顔がクロハの胸元に近づく。
柔らかい感触が頬に当たる。甘い香りが鼻をくすぐる。
「……っ」
「……誠一」
「は、はい」
「……いつまでそうしている」
「ご、ごめん!」
俺は慌てて体を起こした。
心臓がバクバクいっている。
クロハは無表情だが、顔が真っ赤だった。
「……回転を止める」
「そ、そうしてくれ……」
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射的。
クロハは銃を構えて、景品を狙った。
パン。パン。パン。
三発連続で命中。景品が落ちる。
「……また勝った」
「お前、これ三回目だぞ」
「もう一回やる」
「店のおじさんが泣きそうな顔してるからやめてくれ」
結局、大量のぬいぐるみを獲得した。
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クレーンゲーム。
「これは何だ」
「クレーンで景品を取るゲームだ」
「……」
クロハはガラス越しに景品を見つめている。
猫のぬいぐるみ、うさぎのぬいぐるみ、熊のぬいぐるみ。
「どれが欲しい」
「……あの白いうさぎ」
「よし、取ってやる」
俺はクレーンを操作した。
左に……右に……下ろす……
クレーンがうさぎを掴む。持ち上がる。
……途中で落ちた。
「……」
「もう一回」
三回目。失敗。
五回目。失敗。
七回目。失敗。
「……」
「ちょっと待ってろ、絶対取る」
俺は意地になっていた。
十回目。
クレーンがうさぎを掴む。持ち上がる。
……落ちそう、でも、ギリギリ持ち堪える……
落下口にポトリと落ちた。
「取れた!」
「……」
俺は勝ち誇ってうさぎを取り出した。
「ほら、クロハ」
「……ありがとう」
クロハはうさぎを受け取った。
ぎゅっと抱きしめる。
無表情だが、目が少しキラキラしている。
「……嬉しい」
「そうか」
「お前が私のために頑張った。それが嬉しい」
「……」
俺は照れくさくなった。
「……そのうさぎ、何て名前にする?」
「……セイイチ」
「俺の名前かよ」
「お前がくれたからだ」
「……まあ、いいけど」




