第15話「死神と映画館」
「誠一」
休日の午後。
クロハがテレビを見ながら、俺に声をかけてきた。
「どうした?」
「映画館とは何だ」
テレビでは、新作映画のCMが流れていた。
大画面で見る迫力の映像、最高の音響設備、という謳い文句。
「映画を見る場所だよ。家のテレビより大きな画面で見られる」
「大きな画面?」
「ああ。すごく大きい。端から端まで見渡せないくらい」
「……見てみたい」
クロハの目が、きらりと輝いた。
「よし、じゃあ今日行こうか」
「本当か」
「ああ。何か見たい映画あるか?」
「分からない。映画自体、あまり見たことがない」
俺はスマホで上映スケジュールを確認した。
「……ホラー映画がやってるな。クロハ、興味ある?」
「ホラー?」
「怖い映画だ。幽霊とか死神とか出てくる」
「死神?」
クロハが興味を示した。
まあ、同業者が出てくる映画なら気になるか。
「よし、それにしよう」
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映画館に着いた。
クロハは入口でキョロキョロと周囲を見回している。
たくさんの人、大きなスクリーン、ポップコーンの匂い。
「……人が多い」
「休日だからな」
「騒がしい」
「映画が始まれば静かになるよ」
俺たちはチケットを買って、売店に向かった。
「クロハ、ポップコーン食べるか?」
「ポップコーン?」
「トウモロコシを弾けさせたやつだ。映画館の定番」
「食べる」
俺はポップコーンとドリンクを買った。
クロハはポップコーンの入ったバケツを、不思議そうに見つめている。
「……量が多い」
「一人で食べなくていいぞ。二人で食べよう」
「分かった」
クロハはポップコーンを一つ摘まんで、口に入れた。
「……美味しい」
「だろ?」
「塩気がある。カリカリしている」
「気に入ったか」
「ああ」
クロハは満足そうにポップコーンを食べ始めた。
この調子だと、映画が始まる前になくなりそうだ。
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シアターに入った。
暗い空間。巨大なスクリーン。並んだ座席。
クロハは目を丸くして、スクリーンを見上げている。
「……大きい」
「だろ? 家のテレビとは比べものにならない」
「これで映画を見るのか」
「ああ」
俺たちは真ん中あたりの席に座った。
隣同士、肩が触れるくらいの距離。
やがて、照明が落ちて、映画が始まった。
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ホラー映画。
廃病院を舞台にした、ありがちなストーリーだ。
若者たちが肝試しに来て、次々と殺されていく。
犯人は病院で亡くなった少女の霊。
普通なら怖いシーンだ。
叫び声、不気味な音楽、突然現れる幽霊。
周囲の観客は、悲鳴を上げたり、身を縮めたりしている。
しかし――
「……嘘だ」
クロハが、無表情で呟いた。
「え?」
「死神はあんな動きをしない」
「いや、あれは死神じゃなくて幽霊だけど……」
「幽霊も違う。あんな風に出現しない」
「……」
「そもそも、幽霊は壁を通り抜けられない。魂は物理法則に縛られる」
「マジで?」
「マジだ。あのシーン、完全にファンタジーだ」
俺は思わず笑ってしまった。
「クロハ、静かに。周りの人に聞こえる」
「……すまない」
クロハは口を閉じたが、スクリーンを見る目つきは冷たいままだ。
プロの視点で見ると、色々と気になるらしい。
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さらに映画が進む。
幽霊が少女の姿で現れ、髪を逆立てて叫ぶシーン。
周囲の観客が悲鳴を上げる。
「……あの髪は物理的に不可能だ」
クロハが小声で解説し始めた。
「え?」
「重力があるのに、なぜ髪が浮いている。魂のエネルギーでは髪を持ち上げられない」
「いや、演出だから……」
「演出でも物理法則は守るべきだ」
「ホラー映画にリアリティを求めるなよ」
「事実だ」
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幽霊が若者の背後に突然現れるシーン。
「……テレポートはできない」
「クロハ……」
「本来、魂の移動には時間がかかる。あんな瞬間移動は不可能だ」
「だから、静かに……」
「あれは完全に誇張だ。死神課に報告したら問題になるレベル」
「報告するな」
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幽霊が壁から手だけ出してくるシーン。
「……なぜ手だけ」
「怖いから……」
「全身出ればいいだろう。手だけ出す意味が分からない」
「雰囲気だよ」
「非効率的だ」
「効率の問題じゃないんだって」
俺は頭を抱えた。
クロハの解説が止まらない。
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映画が進む。
幽霊が次々と若者を殺していく。
血しぶき、絶叫、おどろおどろしい演出。
俺は何度か驚いてしまった。
急に大きな音がしたり、画面に幽霊が飛び出してきたり。
典型的なビックリ演出だが、効果は抜群だ。
しかし、クロハは――
ずっと無表情だった。
どんなに怖いシーンでも、眉一つ動かさない。
ポップコーンをもぐもぐ食べながら、淡々とスクリーンを見ている。
「……誠一」
「なんだ」
「この幽霊、非効率だ」
「え?」
「一人ずつ殺しているが、最初に全員まとめて処理すればいい」
「いや、それだと映画が成り立たないだろ……」
「効率が悪い」
「ストーリー的には盛り上がるんだよ」
「だが、プロフェッショナルとしては失格だ」
「お前、幽霊の採点してるのか」
「している。現時点で30点だ」
「厳しいな」
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次のシーン。
幽霊が懐中電灯を点滅させて恐怖を煽る。
「……電気を操るのは高度な技術だ」
「へえ」
「私でも難しい。あの幽霊、かなりのベテランだな」
「さっきまで30点だったのに?」
「電気操作は評価できる」
「採点基準がよく分からん」
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幽霊が鏡に映るシーン。
「……これは正確だ」
「お?」
「魂は鏡に映ることがある。これは事実」
「マジか」
「ただし、あんなに鮮明には映らない。もっとぼんやりしている」
「減点?」
「5点減点」
「辛辣だな」
俺は苦笑いした。
死神の視点で見ると、ホラー映画は効率と正確性の問題になるらしい。
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クライマックス。
主人公が幽霊と対峙するシーン。
緊張感のある音楽、迫りくる恐怖、絶体絶命のピンチ。
主人公が必死で逃げる。幽霊が追いかける。
周囲の観客は固唾を飲んで見守っている。
俺も少し手に汗を握った。
ベタな展開だが、やっぱりハラハラする。
そして、最後の瞬間――
主人公が幽霊を退治した。
光に包まれて、幽霊が消えていく。
ハッピーエンド。
「……」
クロハが、何か言いたそうな顔をしている。
映画が終わり、エンドロールが流れ始めた。
照明が少しずつ明るくなる。
「どうだった?」
「……」
クロハは少し考えて、正直に答えた。
「全体的に嘘だった」
「まあ、フィクションだからな」
「幽霊の設定が間違っている。死神の描写も不正確。魂の扱いも雑」
「プロの目は厳しいな」
「事実を述べているだけだ」
俺は笑った。
「でも、映画館自体はどうだった?」
「……」
クロハは少し考えた。
「大きな画面は良かった。音も迫力があった」
「そうか」
「ポップコーンも美味しかった」
「それは良かった」
「暗い中で手を繋げたのも……」
クロハは途中で言葉を止めて、口をつぐんだ。
「え、何?」
「何でもない」
「今、手を繋ぐって言わなかった?」
「言っていない」
「言ったよな」
「空耳だ」
クロハは無表情のまま、先に席を立った。
でも、耳が赤くなっているのが見えた。
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映画館を出た。
夕暮れの街。オレンジ色の光が街を包んでいる。
「クロハ」
「何だ」
「また映画見に来ようか」
「……」
「今度はホラー以外で。コメディとか、恋愛映画とか」
「……見たい」
クロハは小さく頷いた。
「ポップコーンも食べたい」
「了解」
「暗い中で……」
クロハはまた途中で言葉を止めた。
「暗い中で?」
「何でもない」
「手を繋ぎたいの?」
「……」
クロハは無言で俺の手を取った。
小さくて冷たい手。
でも、すぐに温かくなる。
「……繋いだ」
「うん」
「これで満足だ」
「そうか」
俺たちは手を繋いで、夕暮れの街を歩いた。
「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、輝いている」
「……また、それか」
「映画を見ている時より、今の方が輝いている」
「そうか」
「なぜだ」
「……さあ、なんでだろうな」
俺はとぼけた。
本当の理由は、言わなくても分かっているだろう。




