第14話「死神とこたつ」
帰宅後、俺たちはこたつに入った。
みかんを食べながら、テレビを見る。
外は吹雪いているが、部屋の中は温かい。
「……誠一」
「なんだ」
「こたつは良いものだな」
「だろ? 日本の冬の必需品だ」
「出られなくなる」
「それがこたつの魔力だよ」
クロハはこたつの中でもぞもぞと動いている。
みかんを剥いて、一房ずつ口に運んでいく。
その仕草が可愛くて、俺は思わず見つめてしまう。
「……何だ」
「いや、なんでもない」
「見ていたろう」
「見てない」
「嘘だな」
クロハは無表情で言った。
でも、目元が少し笑っている気がする。
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しばらくこたつで温まっていると、クロハが眠そうになってきた。
「……眠い」
「寝るな。こたつで寝ると風邪ひくぞ」
「……でも、眠い」
クロハはうとうとしながら、こたつにもぐり込んでいく。
銀髪がこたつ布団の上に広がる。
「おい、クロハ」
「……」
返事がない。
寝てしまったようだ。
俺は溜息をついて、クロハを見た。
無防備な寝顔。規則正しい寝息。
三千歳の死神が、こたつで丸くなって眠っている。
……可愛い。
と、その時。
クロハの服が、こたつの熱でずり落ちていることに気づいた。
セーターの裾が上がって、白いお腹がちらりと見える。
細いくびれ、滑らかな肌、へそが微かに覗いている。
「……っ」
俺は慌てて視線を逸らした。
いや、待て。このままだと風邪をひく。服を直さないと。
俺は恐る恐る手を伸ばして、クロハのセーターの裾を下ろした。
指先が、クロハの肌に触れる。
柔らかくて、温かい。こたつのおかげだろう。
「……ん」
クロハが身じろぎした。
俺は慌てて手を引っ込めた。
「……誠一」
「お、起きたか」
「……何をしていた」
「いや、服が……」
「服?」
クロハは自分の体を見下ろした。
そして、セーターがずり上がっていたことに気づいたらしい。
「……見たか」
「見てない」
「嘘だ」
「見てない」
「直したということは、見たのだろう」
「……」
クロハは頬を赤らめて、俺を睨んだ。
「……変態」
「俺が悪いのか?」
「お前が見なければよかった」
「服を直してやったんだから感謝しろよ」
「……」
クロハはぷいと顔を背けた。
でも、耳が真っ赤だ。
「……ありがとう」
「え?」
「服を直してくれて」
「……どういたしまして」
気まずい沈黙が流れた。
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「……お風呂、入ってくる」
クロハは逃げるようにこたつから出て行った。
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しばらくして、クロハが風呂から上がってきた。
「……」
俺は思わず目を見開いた。
クロハが、薄手のパジャマ一枚で立っていた。
髪はタオルで拭いたばかりで、まだ少し濡れている。
白い肌が、ほんのりとピンク色に染まっている。
薄い生地越しに、体のラインがはっきりと見える。
「……」
「どうした」
「いや、その格好は……」
「パジャマだが」
「薄すぎないか」
「普通だろう」
クロハは首を傾げている。
本人に自覚がないのが、余計にたちが悪い。
「風邪ひくぞ。上着を着ろ」
「こたつがあるから大丈夫だ」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は自分のカーディガンを脱いで、クロハに渡した。
「とりあえず、これ着てくれ」
「なぜだ」
「目のやり場に困る」
「……」
クロハは俺を見て、それから自分の体を見下ろした。
そして、やっと状況を理解したらしい。
顔が真っ赤になった。
「……言え、最初から」
「言ったよ」
「もっと早く言え」
「すぐ言っただろ」
クロハは俺のカーディガンを羽織った。
大きすぎるサイズが、逆に可愛らしい。
「……これで満足か」
「ああ」
「……変態」
「俺のせいじゃないだろ」
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「みかん、美味いか?」
「美味い」
「そうか」
「冬はこれだな」
「覚えたのか」
「お前が去年教えた」
そうだ。去年の冬も、こうやってこたつでみかんを食べた。
一年が経って、また同じ季節が巡ってきた。
「誠一」
「なんだ」
「一年が経った」
「ああ」
「春、夏、秋、冬。全部、お前と一緒に過ごした」
「……そうだな」
「来年も、再来年も、そのまた次も。お前と一緒に過ごしたい」
俺は少し驚いて、クロハを見た。
紫色の瞳が、真剣に俺を見つめている。
「……約束してくれるか」
「何を?」
「私と一緒に、季節を過ごすこと。春には花見を、夏には花火を、秋には紅葉を、冬には雪を。毎年、一緒に」
「……」
「約束してくれ」
俺は少し考えて、頷いた。
「約束する」
「……本当か」
「ああ。毎年、一緒に過ごそう」
クロハは嬉しそうに微笑んだ。
無表情な彼女が見せる、とびきりの笑顔だった。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「お前の魂、今、すごく輝いている」
「……また、それか」
「今までで一番、輝いている」
俺は苦笑いした。
輝いている理由は、多分こたつのせいじゃない。
クロハと過ごす時間が、幸せだからだ。
でも、それはもう、言わなくても分かっているのかもしれない。
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その夜、俺たちは並んで窓の外を見た。
雪が静かに降り続けている。
街灯に照らされて、雪がきらきらと輝いている。
「……綺麗だな」
「ああ」
「雪も、桜のように散る」
「そうだな」
「でも、また来年降る」
「ああ」
「季節は巡る。死んでも、また生まれる」
「……そうだな」
クロハは俺の肩に頭を預けた。
銀髪が俺の肩にかかる。
いい匂いがする。
「誠一」
「なんだ」
「お前のおかげで、死に対する考えが変わった」
「……」
「死は終わりじゃない。次への準備。季節と同じだ」
「……そうだな」
「ありがとう」
俺はクロハの頭を撫でた。
銀髪は雪のように柔らかかった。
「こちらこそ、ありがとう」
「……なぜお前が礼を言う」
「クロハがいてくれて、幸せだからだ」
「……」
クロハは何も言わず、俺にもたれかかってきた。
温かい。
死神なのに、人間よりも温かく感じる。
窓の外では、雪が降り続けている。
静かな夜。
幸せな冬。
死神との同棲生活、二年目の冬。
四季を通じて、俺たちは少しずつ近づいていく。
来年も、きっと一緒に季節を過ごすのだろう。
そう思うと、胸が温かくなった。




