第13話「死神と雪」
冬。
今年も寒い季節がやってきた。
ある朝、目を覚ますと、部屋が妙に明るかった。
「……ん?」
俺はカーテンを開けた。
そして、思わず声を上げた。
「雪だ」
一面の銀世界。
街が、真っ白に染まっていた。
「誠一」
クロハが、俺の隣にいた。
いつの間に起きていたのか、窓の外を見つめている。
「これが、雪か」
「ああ。積もってるな」
「……」
クロハは窓ガラスに手を当てて、じっと雪を見つめている。
紫色の瞳が、キラキラと輝いている。
「触ってみたい」
「外に出るか?」
「ああ」
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俺たちは厚着をして外に出た。
足を踏み出すと、きゅっきゅっと雪が鳴る。
真っ白な世界。
どこまでも続く銀色の景色。
「……」
クロハは立ち止まって、手を伸ばした。
空から降ってくる雪を、手のひらで受け止める。
「冷たい」
「そりゃ雪だからな」
「でも、すぐに消える」
クロハは不思議そうに手のひらを見つめている。
雪が溶けて、水滴になっていく。
「体温で溶けるんだよ」
「儚いな」
「ああ、儚い」
「桜みたいだ。すぐに散る」
「そうだな」
クロハは空を見上げた。
銀髪に雪がひらひらと落ちてくる。
白い肌に、白い雪が舞い降りる。
なんとも言えず、幻想的な光景だ。
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近くの公園に行くと、雪が積もっていた。
「何かを作ろう」
「何を?」
「雪だるまだ」
クロハは首を傾げた。
「雪の達磨か?」
「そうだよ。雪を丸めて、人の形を作るんだ」
「……やり方が分からない」
「俺が教えるよ」
俺は雪を手に取って、丸め始めた。
クロハも見よう見まねで雪を丸める。
最初は小さな雪玉。
それを転がして、どんどん大きくしていく。
「……重い」
「そりゃ、大きくなればなるほど重くなるからな」
「合理的ではない」
「遊びに合理性を求めるなよ」
クロハは黙々と雪玉を転がしている。
真剣な表情だ。
普段は無表情なのに、今は少しむきになっている。
「クロハ、それくらいでいいぞ」
「もう少し大きくしたい」
「十分でかいって」
「まだだ」
結局、クロハは俺よりも大きな雪玉を作った。
転がすのに苦労して、最後は俺が手伝った。
「よし、これで土台ができた」
「次は?」
「頭を乗せる」
俺は少し小さめの雪玉を作って、クロハの雪玉の上に乗せた。
「……形になってきた」
「目と鼻と口を付ければ完成だ」
俺は落ちていた小枝やを拾って、雪だるまに顔を作った。
木の枝で目を、小石で鼻を、短い枝で口を。
「……完成」
クロハは出来上がった雪だるまを見つめた。
不格好だが、なんとなく愛嬌がある。
「これが雪だるまか」
「ああ」
「……誠一に似ている」
「え、そうか?」
「丸いところが」
「それ、太ってるってことか?」
「そうは言っていない」
クロハは無表情で言った。
でも、目元が少し笑っている気がする。
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「雪合戦をしよう」
「雪合戦?」
「雪を投げ合うんだ。当てたら勝ち」
「……戦闘訓練か」
「いや、遊びだよ」
俺は雪玉を作って、クロハに向かって投げた。
ぽふっ、とクロハの肩に当たる。
「……」
クロハは雪を払って、俺を見た。
紫色の瞳が、すっと細くなる。
「仕掛けてきたな。覚悟しろ」
「え、ちょっと待っ――」
次の瞬間、雪玉が俺の顔面に直撃した。
「ぶふっ!」
「戦闘において先制攻撃は有効だ。だが、反撃を想定しないのは愚かだ」
「お前、本気出しすぎだろ!」
クロハは無表情のまま、次の雪玉を作っている。
その動きが、やけに洗練されている。
「死神の戦闘訓練は厳しいのだ」
「雪合戦は戦闘じゃないって!」
俺は必死で雪玉を投げ返した。
しかし、クロハは軽々と避ける。
「動きが遅い」
「普通の人間なんだから当たり前だろ!」
雪玉が次々と俺に命中する。
顔に、肩に、背中に。
逃げても追いかけてくる。
「待て! 降参! 降参だ!」
「戦いに降参はない」
「あるよ! あるから!」
最終的に、俺は雪まみれになって倒れ込んだ。
クロハが勝ち誇ったように俺を見下ろしている。
「……完勝だ」
「大人げないぞ、三千歳……」
「三千歳だからこそ、負けるわけにはいかない」
「理屈がおかしい……」
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雪まみれになった俺たちは、近くの喫茶店に入った。
温かいココアを注文して、窓際の席に座る。
外では、まだ雪が降り続いている。
「……温まる」
クロハが、両手でココアのカップを包んでいる。
白い指が、カップの温かさを吸収している。
「クロハ、手、冷えてないか?」
「少し」
「貸してみろ」
俺はクロハの手を取った。
冷たい。氷のように冷たい。
「だいぶ冷えてるな」
「死神は体温が低いのだ」
「温めてやる」
俺は両手でクロハの手を包んだ。
小さくて繊細な手。
白くて細い指。
「……」
クロハは黙って、俺の手を見つめている。
頬が少しピンク色になっている。
寒さのせいか、それとも……。
「……温かい」
「そうか」
「お前の手は、いつも温かい」
「人間だからな」
「死神には、この温かさがない」
クロハは俯いて、小さく呟いた。
「お前といると、温かい」
「……」
「体だけじゃない。心も」
俺は言葉に詰まった。
クロハがこんなに素直に気持ちを口にするのは珍しい。
ココアの温かさで、心も緩んでいるのかもしれない。
「……俺も、クロハといると温かいよ」
「……本当か」
「ああ、本当だ」
クロハは少し微笑んだ。
無表情な彼女が見せる、ほんの僅かな笑み。
雪よりも、その笑顔の方が眩しかった。




