第12話「死神と紅葉」
秋。
街路樹が色づき始めた頃。
「……誠一」
クロハが、窓の外を見つめている。
銀髪が、秋の柔らかい光を受けて輝いている。
「どうした?」
「木の葉が変色している。病気か?」
「……紅葉だよ。秋になると葉っぱが赤や黄色に色づくんだ」
「ふむ。なぜだ」
「寒くなると葉緑素が分解されて……って、科学的な話は置いといて。とにかく、秋は葉っぱが綺麗になるんだ」
クロハは首を傾げた。
「桜の時は花が散った。今度は葉が変色するのか」
「そうだよ。四季があるからな」
「変化が多い世界だな、人間界は」
「そうかもな」
俺は窓辺に歩み寄って、クロハの隣に立った。
「紅葉狩りに行こうか」
「狩り? 何を狩るのだ」
「いや、紅葉を見に行くことを紅葉狩りって言うんだよ。狩るわけじゃない」
「……紛らわしい表現だ」
「日本語ってそういうものだよ」
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週末、俺たちは郊外の山へ向かった。
バスを降りると、一面の紅葉が広がっていた。
赤、橙、黄色。
山全体が燃えているように色づいている。
「……」
クロハは立ち止まって、言葉を失っていた。
紫色の瞳が、大きく見開かれている。
「すごい」
クロハが、珍しく感嘆の声を上げた。
「桜もきれいだったが、これは……」
「スケールが違うだろ」
「ああ。山全体が色づいている」
俺たちは遊歩道を歩き始めた。
足元には落ち葉が敷き詰められていて、歩くたびにカサカサと音がする。
「クロハ、足元気をつけろよ。滑るから」
「分かっている」
クロハは頷いて、俺の後ろを歩いた。
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しばらく歩いて、展望台に着いた。
そこからは、紅葉に染まった山々が一望できた。
「……綺麗だ」
クロハが、柵に手を置いて景色を眺めている。
銀髪が風に揺れて、紅葉と美しいコントラストを作っている。
「誠一」
「なんだ」
「葉が死んでいく」
「え?」
「紅葉とは、葉が死に向かう過程だろう。色が変わるのは、生命活動が停止するから」
クロハは無表情のまま、山を見つめている。
「つまり、この景色は、大量の死だ」
「……」
死神らしい視点だ。
俺には思いつかなかった見方だ。
「でも、人間はこれを美しいと言う。不思議だな」
「……そうだな」
俺は少し考えて、言葉を選んだ。
「死は終わりじゃないと思う」
「……何?」
「葉っぱは落ちて、土に還る。そして、次の春に新しい芽を育てる養分になる」
「……」
「死は終わりじゃない。次への準備だ」
クロハは目を丸くして、俺を見つめた。
紫色の瞳が、何かを考えているように揺れている。
「……お前は、そう思うのか」
「ああ。俺はそう思う」
「死は終わりじゃない……次への準備……」
クロハは呟くように繰り返した。
「三千年、死神をやってきたが、そういう考え方は初めて聞いた」
「そうか」
「私たちにとって、死は終点だ。魂を回収して、それで終わり。次があるとは考えない」
「でも、魂も何かになるんじゃないのか?」
クロハは少し黙った。
「……分からない。回収した魂がどこへ行くのか、私は知らない」
「そうなのか」
「回収担当は、回収するだけだ。その先は別の部署の管轄だ」
「役所みたいだな」
「似たようなものだ」
俺たちは並んで景色を眺めた。
風が吹いて、紅葉がさらさらと音を立てる。
落ち葉がひらひらと舞い落ちる。
「……誠一」
「なんだ」
「お前の死生観は、面白い」
「そうか?」
「ああ。普通の人間は、死を怖がる。でも、お前は違う」
「俺も怖いよ、死ぬのは」
「でも、終わりじゃないと思っている」
「……まあ、そうだな」
クロハは小さく頷いた。
「私も、そう思えるようになりたい」
「……」
「死は終わりじゃない。次への準備。そう思えたら、仕事も少し楽になる気がする」
俺は少し驚いた。
クロハが仕事のことで悩んでいるとは思わなかった。
「……大変なのか、死神の仕事」
「大変とは違う。ただ、時々、虚しくなる」
「……」
「魂を回収して、回収して、回収して。三千年間、ずっとそれだけだ」
「……」
「でも、お前と一緒にいると、少し違う気持ちになる」
クロハは俺を見上げた。
紫色の瞳が、秋の光を受けて輝いている。
「お前といると、生きることの意味が少し分かる気がする」
「……」
「ありがとう」
俺は言葉に詰まった。
クロハがこんなに素直に感謝を口にするのは珍しい。
普段は照れ屋で、感情を表に出さないのに。
「……俺の方こそ、ありがとう」
「なぜお前が礼を言う」
「クロハがいなかったら、俺は死んでた。紅葉を見ることもできなかった」
「……」
「お前がいてくれて、よかったよ」
クロハは少し目を丸くして、それから――
照れたように視線を逸らした。
「……別に。私は仕事をしているだけだ」
「そうかもしれないけど、俺は感謝してる」
「……そうか」
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帰り道。
俺たちは落ち葉を踏みながら、ゆっくりと歩いた。
「クロハ」
「なんだ」
「手、繋ごうか」
「……なぜだ」
「滑ると危ないから」
クロハは少し考えて、頷いた。
「分かった」
俺はクロハの手を取った。
小さくて冷たい手。
でも、すぐに温かくなっていく。
「……」
クロハは何も言わず、俺の手を握り返した。
紅葉が舞い落ちる中、俺たちは手を繋いで歩いた。
「……誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、すごく輝いている」
「……また、それか」
「私といると、どんどん輝きが増す。良い傾向だ」
俺は苦笑いした。
輝いている理由は、多分紅葉のせいじゃない。
でも、それは言わないでおこう。
「……来年も、紅葉を見に来よう」
「ああ、来年も来よう」
「約束だ」
「ああ、約束だ」
クロハは小さく微笑んだ。
死神との同棲生活、二年目の秋。
紅葉の美しさと、クロハの笑顔と。
どちらも、俺の心を温かくしてくれた。




