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第1話「死神と外出の壁」

大変好評を頂戴した、前作:美少女死神に『まだ早い』と追い返されました ~健康的な生活をしないと迎えに来ます~ の続編です。

今回は、かなり長く、全51話を予定しています。

是非お楽しみください!また、今回も感想、レビュー、評価、ブックマーク、お待ちしております!

 同棲二年目の春。

 俺とクロハは、いつものように休日を過ごしていた。


「誠一」


 クロハが、窓の外を見ながら俺に声をかけてきた。

 銀髪が朝日に照らされて、キラキラと輝いている。


「どうした?」

「あれは何だ」


 クロハが指差す先には、若いカップルがいた。

 手を繋いで歩いている。楽しそうに笑い合っている。

 どこかのカフェにでも行くのだろう。


「ああ、カップルだな」

「カップル?」

「恋人同士のことだよ」

「……」


 クロハは黙って、そのカップルを見つめていた。

 無表情だが、何か考えているようだ。


「……誠一」

「なんだ」

「私たちも、ああいうことができるのか」

「ああいうこと?」

「手を繋いで歩く。カフェに行く。二人で外出する」


 俺は言葉に詰まった。


---


 クロハは死神だ。

 俺以外の人間には、見えない。


 同棲二年。

 俺たちは一緒に暮らしているが、外出となると話は別だ。


 クロハが見えない以上、二人で堂々と街を歩くことはできない。

 レストランに入って二人分注文することもできない。

 カフェで向かい合って座ることも、怪しまれるからできない。


「……」


 クロハは窓の外を見つめ続けていた。

 その横顔が、どこか寂しそうに見えた。


「クロハ」

「なんだ」

「外に行きたいのか?」

「……」


 クロハは少し考えて、小さく頷いた。


「行きたい」

「……」

「お前と一緒に、外を歩きたい。カフェでお茶をしたい。街を見たい」

「……」

「でも、私は見えない。だから、できない」


 クロハの声が、少し震えていた。

 

「今までのように、お前の横を歩くだけならできる。でも、それでは足りない」

「……足りない?」

「ああ。店に入って食事をしたり、服を選んだり、普通の人間のように振る舞いたい」

「……」

「窓の外を見るたびに、思う。あそこに行って、堂々と楽しみたい。お前と二人で、誰にも気兼ねなく」


---


 俺は考えた。


 クロハが見えないのは、死神だからだ。

 でも、本当にどうにもならないのか?


「クロハ」

「なんだ」

「見えるようになる方法は、ないのか?」

「……」

「死神でも、人間に見えるようになる方法とか」


 クロハは少し考えた。


「……あるにはある」

「マジか」

「人間界顕現許可というものがある」

「顕現許可?」

「死神が人間に見える形で顕現するための、正式な許可だ。死神課に申請して、承認されれば取得できる」

「じゃあ、それを取ればいいじゃないか」

「……」


 クロハは黙った。


「何か問題があるのか?」

「……手続きが面倒だ」

「面倒?」

「書類が多い。試験もある。上司の面談もある」

「お役所仕事か」

「死神課は役所のようなものだ」


 俺は思わず笑ってしまった。


「死神の世界にも役所があるのか」

「ある。非常に官僚的だ」

「大変だな」

「だから、今まで申請していなかった」


 死とか魂とか、重いテーマを扱う仕事なのに、やたらと事務的なのは意外だった。

 いや、むしろ逆か。

 重いからこそ、感情を入れすぎないように規則で縛っているのかもしれない。

 ……まあ、目の前でこんな可愛い死神に感情移入しまくっている俺が言えることではないが。


---


 ふと、俺はクロハに聞いてみた。


「なあ、クロハ」

「なんだ」

「もし外に出られるようになったら、どこに行きたい?」


 クロハは少し考えた。


「……カフェ」

「カフェか」

「窓から見えるあの店。ケーキが美味しそうだ」

「ああ、あそこな。いいな、行こう」

「それから、公園」

「公園?」

「花を見たい。桜というものが綺麗らしい」

「春になったらな」

「春に行こう」


 クロハの目が、少し輝いている気がした。


「他には?」

「……映画館」

「映画?」

「大きな画面で映像を見るらしい。体験してみたい」

「いいな。何を見たい?」

「分からない。お前が選べ」

「了解」


 俺は笑った。


「ボウリングもあるぞ」

「ボウリング?」

「球を転がして、ピンを倒すゲームだ」

「面白いのか」

「面白いぞ。一緒にやろう」

「やりたい」


 クロハが、珍しく積極的だ。

 やりたいことがたくさんあるんだな。


「あと、レストランにも行こう」

「レストラン」

「美味しいものを食べよう」

「何を食べるのだ」

「イタリアンとか、フレンチとか……何でもいいよ。お前と一緒なら」

「……」


 クロハは俺を見つめた。

 無表情だが、どこか嬉しそうだ。


「楽しみだ」

「ああ、楽しみだな」


---


 しかし、クロハの顔を見ていると、外に出たいという気持ちが伝わってくる。


 二年間、ずっと俺と一緒にいてくれた。

 俺の健康を管理して、料理を作って、掃除をして。

 でも、外に出かけることだけは、できなかった。


「クロハ」

「なんだ」

「申請しよう」

「……」

「面倒でも、やろう。俺も手伝う」

「……本当か」

「ああ、本当だ」


 クロハの目が、きらりと輝いた。


「俺もお前と外に出かけたい。一緒にカフェに行きたい。街を歩きたい」

「……」

「だから、やろう。顕現許可、取ろう」


 クロハは俺を見つめた。

 紫色の瞳が、何かを期待するように揺れている。


「……ありがとう」

「礼はまだ早い。まずは申請からだ」

「ああ」


 クロハは小さく頷いた。


---


 その日の夜。


 クロハは、どこからか大量の書類を取り出してきた。


「これが申請書類だ」

「……多くないか?」


 テーブルの上に積み上げられた紙の山。

 厚さにして十センチはありそうだ。


「これが全部か?」

「これは一次申請用だ。二次審査用は別にある」

「マジか……」


 俺は頭を抱えた。

 死神の世界の官僚主義は、人間界以上らしい。


「まあ、一つずつやるしかないな」

「ああ」


 クロハは書類を広げ始めた。


 「人間界顕現許可申請書(甲)」

 「顕現目的陳述書」

 「対象人間との関係性証明書」

 「魂管理状況報告書」

 「人間界滞在記録(過去2年分)」


「……書類が多すぎる」

「だから面倒だと言った」

「確かに面倒だ」


 ふと、日本の役所を思い出した。


「そういえば、印紙とかいらないのか」

「印紙?」

「日本だと、申請書類に印紙を貼らないといけないことがあるんだよ。手数料みたいなもんだ」

「ああ、そういうものか」

「死神課にはないのか」

「印紙はない」

「じゃあ無料か。良心的だな」

「ただし、手続きによっては魂が必要なものもあるらしい」

「魂!?」

「重要な契約には、魂の一部を担保として預けると聞いた」

「怖すぎるだろ」

「今回は不要だ。安心しろ」

「いや、そもそもそういう制度があること自体が怖いんだが」


 死神の世界のスケールは、色々と人間界を超えているらしい。


 俺とクロハは、顔を見合わせた。


「……でも、やるんだろ?」

「やる」


 クロハは無表情だが、どこか決意を固めた顔をしていた。


「お前と外に行くためなら、書類の百枚や二百枚、書いてやる」

「心強いな」

「当然だ」


---


 その夜から、俺たちの書類との戦いが始まった。


 「顕現目的陳述書」には、なぜ見えるようになりたいのかを書く必要があった。


「どう書けばいいんだ?」

「……分からない」

「正直に書けばいいんじゃないか」

「正直に?」

「ああ。誠一と一緒に外出したいから、とか」


 クロハは少し考えて、ペンを走らせた。


『対象人間(鈴木誠一)と共に人間界での生活を充実させるため、顕現権の取得を希望する。具体的には、飲食店への入店、公共施設の利用、一般市民との交流等を想定している』


「……お役所文書っぽくなったな」

「死神課向けの書類だからな」

「そうか」


 俺は少し笑った。


 書類は面倒だが、クロハと一緒に作業するのは悪くない。

 二人で肩を並べて、ペンを走らせる。

 時々顔を見合わせて、内容を確認する。


 これも、一種のデートかもしれない。


---


「誠一」

「なんだ」

「お前の魂、今、輝いている」

「……また、それか」

「書類を書いている時より、輝いている」

「そうか」

「なぜだ」

「さあ」


 俺はとぼけた。


 輝いている理由は、クロハと一緒に何かをしているからだ。

 でも、それは言わなくてもいいだろう。


「……明日、申請してくる」

「頑張れ」

「ああ。頑張る」


 クロハは書類の束を抱えて、決意の表情を浮かべた。


 死神と人間の外出デート。

 その第一歩が、今、始まろうとしていた。

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