表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/66

おつかいと遭遇

 翌日の放課後、倖斗は再び女子部の裏庭に立っていた。


 流石に疲れたらしい理恵子が眠った後に、隆惺から内密に言い渡された探し物をするためである。

 実のところ倖斗からすればあるとは思えない探し物なのだが、少年主人の頭脳からすれば何か確信があってのことなのだろう。あの気迫に満ちた炎熱を帯びた紫の瞳は彼の明晰な頭脳が活発に動いている証拠だ。


(本当にあるなら警察がとうに見つけていると思うんだけど……坊ちゃんがあの目をされている時のお考えは当たるからなあ)


 正直に言えば、倖斗はもう二度とこの場所に足を踏み入れるつもりはなかった。

 いくら理恵子は無事に生きて戻ってきたとはいえ、血濡れた主人の頭を抱きしめた場所であると思うと胃の腑のあたりがずんと重くなる。植栽の配置や特徴的な装飾の施された防火扉を見るだけでも空間に満ちていたひどい血臭を思い出してしまいそうだ。


(手早く終わらせよう)


 そう思い、あたりを見回す。従者といえど用事がなければ女子部に入ることはできないので、土地勘もほとんどない。その分逆算して探すことになるのでモタモタしていると日が完全に暮れてしまう。


 斜陽のせいもあるのだろうが、裏庭は存外歩けるような場所は少ない場所に見えた。


 植え替え作業の真っ只中で花壇に空きが目立つ分まだ空間に空きがあるが、無駄なく配置された煉瓦積みの花壇や植栽は生徒が歩き回ることよりも、サンルームや窓から見下ろして楽しむことが主目的であるように思える。

 今は、理恵子のことがあったからだろうか。本来室内にいる人間を楽しませるはずのステンドグラスまで含めて、ピッチリと窓にはカーテンがかかっている。


 しばらく歩を進めるうちに、一本の木の前に出た。


(ユズリハだ。ってことは……)


 ぐるりと振り返れば、ちょうど理恵子の首が落ちていた場所が見える。昨日の理恵子は怪談を調べるためにこの裏庭に朝早くやってきたのだのだから、このユズリハが行動の目的地であったことに間違いはない。

 そして、怪談の舞台であるユズリハが望める位置にある扉から出ようとして防火扉の下敷きになったと考えるのが自然だろう。


 防火扉はどれも似たり寄ったりであるし、血の匂いをたどろうにも全て理恵子が復活時に燃やしてしまったので、これが一番効率的な見つけ方だった。昨日来たくせにと言われそうだが焦って警鐘に導かれるまま走ったので、詳しい場所など覚えていない。


 てくてくと件の扉の前にやってくる。警察の捜査の名残かあるいは再び落下しないようにか、防火扉は再び下ろされていた。倖斗の探し物には都合がいいが、こうも無防備に凶器とも呼べるものを晒しているということは、警察は殺人とは見ていないらしい。やはり理恵子の言う方があっていて、ただの事故だったのだろうか。

 そんなことを思いながら防火扉を見つめ、隆惺の望んだその一点を見つけた。


「うわ、本当にあった」


 思わず引き攣った声がこぼれた。隆惺のことは心底敬愛しているが、彼の持つ才能は何度体感しても鳥肌が立つ。感動と畏怖が同量背筋に流れていくようだ。よくもまあ、こんなところまで気づくものだ。

 自分の嗅覚はもちろん理恵子の不死身でさえ、言い換えてしまえば先祖の残した血が引き起こす特質でしかないが、隆惺の頭脳や観察眼はただ彼だけに与えられた天賦の才と言っていいだろう。


「ん? これって……」


 倖斗はおもむろにしゃがみ込み、防火扉のすぐ近くに落ちていたものを拾い上げた。

 花のような紋様の描かれた手のひらほどの小さな藁半紙だ。昨日の朝から落ちていたにしては綺麗なものに見えるので、誰かがあの後に落としたのかもしれない。血は目一杯に通路に広がっていたのに赤黒いシミの一つもないというのはそういうことだろう。繊維に入り込んだ血までは理恵子の蘇生においては回収対象外なのだ。


(……一応、持っていこう)


 違和感がある。そうした感覚は大切にしろと命じられたことを思い出して、倖斗はそっと紙を懐にしまった。


 ふわりと、嗅ぎ慣れない甘い匂いがした。


「そこの方。裏庭は今、立ち入り禁止ですよ」


 大人の声だ。思わず跳ねかけた肩をどうにか誤魔化し、ゆっくりと振り返る。


 スラリと背の高い女性がじっとこちらを険しい目で見つめていた。


「申し訳ございません。報せが行き違ってしまったのですね。学長から許可をいただいて主人の無くしものを探しております」


 礼をしながら観察する。


 その人は西洋風の首まで詰まったワンピースを纏っていた。髪は先進的なショートカットで、耳の辺りでスッキリと切り揃えられている。いわゆるモダン・ガールというやつだろうか。街中ではよく見かけるようになった服装だが、豊葦院では滅多に見かけない服装である。顔立ちから見るに生徒にしては大人っぽい。師範だろうか。


 折り目正しく礼をした倖斗に、モダン・ガールの表情が警戒から安堵へと切り替わる。


「あら、そうだったの。知らない殿方がいると生徒から知らされて……あら? ごめんなさいね。あなた……男の子? 女の子?」


「藤宮侯爵家に仕えております、守辺倖斗と申します。男です。師範の方でしょうか。いつも主人がお世話になっております」


 まじまじと顔を覗き込んでくるのを避けるように、丁寧にもう一礼する。本当の性別がバレてしまう危険性は少しでも避けたい。

 実のところ、書生の格好をしているが倖斗は生まれてからずっと女だ。男装というやつである。もちろん、趣味ではない。生家から逃げるための措置だ。

 藤宮家も豊葦院の上層部も承知していることであり、倖斗自身にはもはや吹聴する資格はない。


 それを置いても、視線は苦手だ。主人たちにこねくりまわされているのでこの顔が性別を曖昧にする物珍しいつくりであることは理解しているものの、あまりしげしげと見られると心臓が嫌な軋み方をする。


「ああ、理恵子さんの。昨日は大変だったわね。私は飛鳥(あすか)タナヱというの。女子部で外国語を教えているわ」


 幸い避けたことは気づかれなかったようで、モダン・ガール改め、飛鳥師範はぽんっと手を打って納得したように頷いた。

 答えられないなら答えなくても大丈夫なのだけれど、と断りを入れてから飛鳥師範が言葉を続ける。


「理恵子さん、今日はお休みしているようだけれど……大丈夫そう?」


「ご本人は至極お元気ですよ。本日のお休みは兄君のお申し付けで」


 本当のところは長兄がうっかり怪我をしたと話したせいで心配した皇子に呼ばれたのをどうにか宥めるために通話中だ。

 できれば直接会いたいと言われているらしいし、理恵子自身も可能であれば会いたいわとさめざめ泣いていた。

 蘇ったとはいえ、死と血の穢れまみれた身で御所に行くことは禁忌にあたるので無理な話なのだが。

 しかしそれを素直に言ってしまえば、皇子に理恵子がつい最近死んだことがバレてしまうとあって誤魔化すのが大変らしい。


 倖斗は皇子と謁見できる身分ではないので全て又聞きの話である。


 そんな裏のドタバタを知る由もない飛鳥師範は心底安堵したと言わんばかりにほっと息をついた。


「ならよかったわ。あ、無くしものってどんなもの? お手伝いは必要?」


「ちょうど見つけたところで、今失礼しようと思っておりました。お気遣いありがとうございます」


「そう。ならよかったわ。理恵子さんたちによろしくね」


「承りました。これにて失礼致します」


 もう一度丁寧に頭を下げて、その場を後にする。いくらか進んだ辺りで気づかれないようにチラと振り返れば、ワンピースを翻して去っていく背中が見えた。


 自分も戻ろうと踵を返して、はたと思う。


「僕がここにいるって、誰が見たんだろう」


 分厚いカーテンにぴっちりと閉ざされた窓からは、チラとも中を窺い知ることはできなかった。


次回投稿は20時頃です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ