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疑念

「どうにも、気になるな」


 怪談を聞き終えた隆惺が呟いて、理恵子が首を傾げた。


「何が?」


「無意味さが、だ」


「怪談なんて無意味なものでしょうよ」


 怪談を集めている張本人とは思えない理恵子の言葉にため息をついて、隆惺はすっかり冷めた紅茶を嚥下した。カップを無言でこちらに向けたのでおかわりを注げば、談話室に新鮮な香気が立つ。


「いいか。怪談というのは実話か、実話ではないがある程度の【種】があって語られるようになることがほとんどだ。そうでない場合は誰かが面白半分に流したことになるが、人の口の間を通るにはそれだけの説得力が必要になる」


「説得力ですか?」


 意外な言葉に問えば、小さな頷きが返ってきた。湯気のくゆる紅茶で唇を潤したらしい隆惺が再び口を開く。


「俺も全ての怪談を知っているわけではないから絶対とはいえんが……大概、元々ここは墓場だったとかの【いわく】……怪現象を引き起こす理由づけが話の中でそれとなくされているんだよ。先祖が恨みを買ったとか、脅かされる側が悪い奴だとか。逆に恨んでる側が性格悪かったとか。事実かどうかはともかくとしてな。あるいはオチとしてその場所自体が危険なのだという警告になっていることもあるが、これもまた理由づけの一種だ」


 なるほど、倖斗が知る噺もそのような傾向があるように思える。コクコクと興味深く頷いて聞いていれば、かちゃん、とテーブルにソーサーが置かれた。


「だが、この話はどうもそういう感じがしない。語り手と場所は豊葦院と明確なのに、登場する怪は今も昔もここと無縁だろう。念の為後で古地図を見るが……俺の記憶が確かならば、花街やそれに類するものがあったことはないはずだ。だからせいぜいあるとすれば現在の場に起因する警告なんだが……」


 言葉が思案に溶ける。まだたっぷりと残っている紅茶の表面がわずかに波打って柳眉を寄せた隆惺の顔を映した。


「あら、どうしたの」


 そんな片割れの表情に理恵子が気付けば、隆惺は紫眼を伏せながら思案の淵から尋ねた。 


「女子部の方には詳しくないんだが、これまでに、お前ほどじゃなくとも誰か首のあたりを怪我するような事故があったことは?」


「ないわね。嫁入り前の華族の娘にそんな怪我させたなんて、隠し通せるはずもないもの」


「だろうな」


 豊葦院は大会館により設置・監督されているとはいえ、通う子女はほとんどが上流に属する華族だ。従者棟に通うものには流石に平民出身もいるが、男子部と女子部に通う子女たちは爵位家にすれば子爵が最も低位となる。ゆくゆくは直接皇に仕える予定のものだって珍しくはない。


 それぞれが各家が丹精込めて育ててきた掌中の玉。傷をつけたとあればどんな圧をかけたところで無駄だろう。


 蘇ることができるから、と今回のことを保留している藤宮侯爵家が異質なのだ。


「由縁がないくせに嫌に輪郭がはっきりしている首なし幽霊の噂がある場所で、お前の首が落ちたのか」


 ぞわりとする響きが、その言葉にはあった。きゅっと心臓を掴まれたように身を縮こませた倖斗とは正反対に、理恵子がからりと笑う。


「まさか隆惺。この怪談と今日の事故が関係あると思っているの? 確かに首が落ちたことと場所は同じだけれど、流石にこじつけじゃないかしら」


「事故であればいい。だが、警戒して悪いことはないだろう」


 隆惺が何を危惧しているのか、さすがの倖斗も察した。さっと微力ながら加勢するように同意する。


「そうですよ。お嬢様」


 藤宮は不死鳥の血を継いでいるが故に表立って敵対するものは少ない。先祖返りでなくとも滅多なことでは死なない長寿とカリスマを誇る血族に刃を向けたところで、意味をなさないというのが大方の見解であるからだ。


 だが、表立ってでなければ『もしかしたら』を狙うものは居る。特に理恵子に関しては、その肉体と立ち位置自体に価値がある。


「大袈裟よ。何度来られてもわたくし、死なないのに」


殿()()に同じことが言えるのかお前。今回のことも知られたら叱られるだろうに」


 隆惺の告げた名にぎくりと理恵子の顔が強張る。


「黙っていてもらうことってできないのかしら」


「無理だな。お前があの方の手を取ると決めたのだから諦めろ」


「殿下のことは大好きだけれど、心配しすぎよね」


 息をするように許婚のことを惚気ながら、ほうっとため息混じりに理恵子が頬に手をやる。そんな少女主人に倖斗は苦笑した。自由な気質を持つ理恵子にとっては過剰に思えるのだろうが、この件ばかりは心配しすぎるほどに心配する彼女の愛する人こそが正しい。

 感情としても、実利としても。


「仕方ありませんよ、お嬢様」


 不死身を夢見る人間は多く、それを体現する理恵子の血肉はそうした輩にとってはお宝そのもの。ただそれだけでも彼女は生ける宝石に等しい。

 そしてこの國においては重ねてもう一つ、彼女個人に価値が載る。


「お嬢様は皇子の妃になられる方なのですから」


 藤宮理恵子は、次代のこの国を統べる者に嫁ぐことが決まっている。

次回投稿は15時頃の予定です

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