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第一の怪談

 女子部の裏庭にあるユズリハの下で、夜な夜な毱をつく少女がいるという噂があった。


 なんでも、歳のころは豊葦院に通い出す最低年齢よりも下に見えるそうで、迷い込んだ子供が悪戯をしているのかと思ったとある師範が見回りを買って出た。師範は武術を納めており、仮に子供を囮にした悪漢が出てきてもどうにかなると踏んでのことだった。


 だが、いざ見回るとなって師範は気づいた。


 ユズリハのあたりには夜に人が来ることは想定していないせいで、灯りは一つもないのだ。その上、月明かりや星明かりが注ぐには繁った木が邪魔となる場所で、自分の爪の先すら見えるとも思えないほどの真っ暗闇ばかりが広がっている。


 こんな闇夜に子供がいるはずがない。いるならばそれは子供一人ではあり得ない。


 そう思った師範は手にしていたランタンと竹刀を強く握りしめた。

 師範は正義感の強い男であった。こんな闇夜に子供を放り出して悪事に協力させる者がいるなど許せるはずもない。


 さらなる義憤に駆られた男の耳に、幼い女の子の声が聞こえた。


 それは、歌だった。


 不思議と歌詞は聞き取れないが、聞き慣れたその調子から手毬唄であろうと知れた。同時に、てん・てん・てん……と軽快な音がして、確信へと変わる。


 なるほど、これが噂の【毱をつく乙女】というわけだ。


 男は子供の近くにいるはずの悪漢に見つかるまいと校舎の影に隠れ、そっと音の方を覗き込んだ。


 少女は、確かにそこにいた。顔はよく見えないが、着物の裾を揺らしながら毱をついているようだ。それからしばらく待ってもちっとも手毬唄は終わらない。悪漢が出てきて止める様子もなければ疲れて止まることものないのだ。


 男は奇妙に思った。


 振袖を着込んでいるとはいえ、あそこに立っている少女は男が普段受け持っている子供たちよりなお幼い。幼子というのは確かに大暴れをするが、ああも長々と毱で遊び続けることができるものだろうか。そもそも、手毬唄というのは切れ目があるはずだ。


 何より、ここは本当に真っ暗なのだ。いくら目を凝らしても、自分の存在すら曖昧になりそうなほどに。


 だというのに、少女は怖がるどころか手毬唄を楽しげに歌い、ちっとも毱を逸らすことなくてん・てん・てんと突き続けている。


 男はしげしげと少女を見た。


 不思議なことに少女の着物は真昼のようにはっきりと見えた。真っ赤で派手な、禿(かむろ)に似た着物だ。この土地の周辺に花街はなく、かといって一般市中の子供が着せられるには派手すぎる。

 だいたい、この学院に通う子女を拐かす餌というならば、このような夜更けにおいておく意味はないではないか。


 いよいよ不審に思って、男はランタンを掲げて「おい!」と声をあげ裏庭に躍り出た。


 そして、仰天した。


 少女の肩から上に頭はなく、手の内で突かれている毬こそが、少女の頭であったのだ。


 立ち竦んでいると、少女と男の目があった。


 ーーてん・てん・てんと上下に揺れる少女の顔がにたりと笑って、目があった。


 男は気を失い、気づけば朝になっていた。


 今でも裏庭では時折、手毬唄が聞こえるのだという。


本日の更新はここまでです

次回更新は明日朝9時です

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