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生まれてくれてありがとう

 ぱんっと破裂音がして、目の前に投げ花のようなとりどりに色鮮やかな紙紐(テープ)が咲く。


 身構えた硬直が徐々にほどけて、遅れて眼前の光景が脳に認識されていく。


(……あ、これ、『クラッカー』とやらか)


 花火職人が外つ国の祝い事で使う時の品を真似たと言って持ち込んできたものを、理恵子が面白がっていくつか買い付けたのだ。周囲に満ちた火薬のにおいが倖斗にはいささかキツイが、なるほどこれは催しごとに人気が出そうだ。


(でも、なんで今?)


 ぐるりと見回せば、談話室には双子と、それから逃げ出さないように扉の前で陣取っている霞しかいない。

 テーブルの上には小さな洋菓子が置かれ、あちこち新鮮な花が飾られた様はいつもより少しだけ豪華だ。


 双子の祝賀会は明日。その上、この談話室は使われない。だというのに、これではまるでここが祝いの席のようではないか。


 目を瞬かせるばかりの倖斗の手を取り、双子が目元を和らげた。


「誕生日おめでとう。倖斗」


「いつもありがとう。ユキ」


 倖斗は困惑を露わに、首を傾げた。


「え? えっと……僕の誕生日は確かもっと違う日付だったはず、では?」


 正確な生まれた日とやらは生家ではついぞ知らされることすらなかったので、藤宮に引き取られてからつけられたものが倖斗の誕生日になったはずだ。その日付は秋の頃であって、少なくとも今日ではない。


 主人から賜った日を忘れることなどないはずだが、その双子主人自身がこうして今祝っているので混乱はひとしおだ。


 ふふん、と隆惺が笑う。


「あれはお前の生家に提出させた資料をもとに算出した推定の出産日だ。医者にみせるにあたってできる限り正確な診断を下してもらう必要があったからな」


「では、これは一体?」


 生まれ落ちた日が誕生日であるならば、その推定こそが自分の誕生日となるのではないだろうか。


 目を回しながら尋ねる従者の癖毛をぽふぽふと理恵子が撫でる。


「こちらもお前の誕生日よ。ユキ。お前が【守辺倖斗】になったのは、わたくしたちの祝賀会の前日だもの」


「え……あっ、そうだったんですか!?」


「前日準備のときに暇をして抜け出した先で拾ったからな。確かだぞ。……まあ、倖斗は保護したあとしばらく熱を出していたから、記憶が飛んでいてもおかしくはないか」


 しみじみとした口調で隆惺が当時を思い出しながら頷く。


 拾われてからもう随分と時間が経って明かされたまさかの事実だ。

 暗い場所で星を見たことは確かで、その星が双子であることだけは覚えていたからそれでいいと思っていたけれど、そんな事情があったのか。


「これまでもこちらの日もお祝いをしたいと思っていたのだけれど、この数年、おじいさまたちがどんどん祝賀会を派手にするものだから時間が取れなかったのよね。今年は帰国が当日になるというから調整がついたというわけ」


「遅くなってすまんな」


「いえ! そんな……とても嬉しいです!」


 倖斗の目に涙が浮かんだ。


 心臓のあたりがあたたかくて、目の奥も痛いほどに熱い。

 これは喜びだ。指の先までぬくもりに満ちていくようなこの思いを歓喜であると実感できることが何より嬉しかった。


「生まれてきてくれてありがとう。わたくしたちと出会うまで、よく頑張ったわね」


「これからもお前の好きなように生きて、好きなように育っていけ」


 それは、存在の肯定だった。


 頬を濡らす涙をぬぐい、倖斗は心の底から、これまでで一番美しいものになるよう心を込めた礼を双子主人に向けた。


「御心のままに。……そして、己の心のままに、ずっとおそばにいます」


 倖斗は深々とした一礼から頭を上げると、赤くなった目元のまま、少し恥ずかしそうにはにかんだ。



 祝賀会、その夜。


 祝う熱気はまだ冷めやらぬ中、一旦休憩にと下がった二人を追って倖斗は談話室へと急いだ。

 ふたりの気に入りの紅茶はもちろんのこと、話し込んでいて食べられなかったらしい菓子の中から好きそうなものを二種ずつピックアップして、カートを騒がしくならないように押す。


 こんこんこん、とノックをすれば、少し疲れた双子の声が許可を出す。


「お疲れ様です。お茶をお持ちしましたよ」


 入室すれば、定位置であるソファに双子が盛装には少しそぐわないだらけた姿勢で座っている。

 先ほど遠くから見かけた、凛として少し近寄りにくい横顔など今の姿からは想像もできない。


「ありがとう、ユキ。流石に疲れるわねえ」


「お前も疲れただろう。座っていいぞ」


 促され、頷きかけてからぴたりと止まる。


 時計を見ればもう夜は更けている。普段ならば双子は眠りについていてもおかしくない時刻だ。この場を逃せば、渡す機会を逸するかもしれない。


「ありがとうございます。でも、その前に少しだけ……おふたりに、渡したいものがあります」


 双子が顔を見合わせ、目を瞬かせた。倖斗に対しては常に与える側だと思い込んでいたのだろう。


 その様子に少しの満足感が胸に込み上げる。同時に緊張がほぐれて、くすくすと笑ってから改めて背筋を伸ばした。

 そして彼らにとっては取るに足らないだろう些細な贈り物が入った小さな包みを二つ、懐から取り出す。


 喜んでもらえるかはわからない。それでも、二人に感謝の気持ちを示すために、倖斗がこれを渡したかった。


「生まれてくださって、僕を見つけてくださって、愛してくださって……本当に、ありがとうございます。こちらを、受け取っていただけますか?」


 紗でできた袋に収められたその組紐を見て、理恵子がパッと喜色を浮かべた。


「あら、あらあら! どうしましょうね隆惺!」


 はしゃいだ様子の片割れにぐわんぐわんと肩を揺らされながら、それでも滅多にない無邪気な少年らしい笑顔を隆惺が見せる。


「落ち着け、理恵。なあ倖斗。それ、俺たちにつけてくれるんだろう?」


「えっ、よいのですか」


「いいわよ、つけて頂戴な!」


 むしろつけろ、と言わんばかりに差し出されたふたりの手を順に取って、倖斗は組紐を手首に結んだ。


 ふたりの瞳とよく似た紫色の糸を細かく編み込んだこの組紐は、倖斗の祈りだ。


 白いこの手が、今後何者にも汚されることのないように。ふたりのどちらかが傷つく前に、駆けつけることができるように。守れるように。


 ただそれだけの、お守りだ。


 意味はないかもしれない。それでも、誓うように倖斗は双子主人にこれを贈る。


「お誕生日おめでとうございます。理恵子様、隆惺様。この日を迎えることができて、本当に良かった」



 かくして真に事件の幕は下り、主従は日常へと帰っていく。

次の裏真相がラストです

もうちょっとだけお付き合いください

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