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よってくだんの如し(四)

「本当に【くだん】の一族へ復讐したいなら。非道を咎めることを求めるならば、鬱屈を晴らすことを望むならば、お前は理恵に向けたその狡賢さをお前の一族にこそ向けるべきだった。貴族の義務ノブレス・オブリージュを施せと叫ぶならば、真正面から助けを求めるべきだった。俺たちのことを万能の神とでも思っているのか」


 目の前の下手人は、無関係な理恵子のことを道具として利用したのだ。自らの鬱屈を晴らすためだけに。


 憤りが、夜の空に白い息となって溢れた。


「結局お前は自分の過去に向き合うことを恐れて、自分よりも年下の子供を憂さ晴らしに使い、そのついでに恨みの対象が潰れてくれればいいな程度にしか思えなかった卑怯者だ!」


「恵まれたおまえに空しいわたしの何がわかる!」


「それは違うでしょう」


 隆惺に噛みつくように身をよじらせ喚いた飛鳥を見て、倖斗が口を開いた。

 とても静かな声だった。


「あなたの境遇は確かに重い。僕も似たような経験がありますから、恨みたくなる気持ちも呪いたくなる気持ちもわかります。でもあなたは自分で逃げる判断力はあって、その先で優しい人と巡り合って、自分の安らぎを自分でつかみ取っていたのでしょう」


 苦労したのだろう、屈辱を味わったのだろう。


 だが、その暗夜を与えたものでない相手まで、同じ場所に引きずり落とさなければ気が済まないというならば、もはやそこに道理はない。


 復讐というのは、突き刺す先を間違えれば自分も外道に落ちる諸刃の剣なのだから。


「自らの手で掴んだ幸福を投げ捨て、空しく生きようとしているのは貴方自身の選択です」


 たとえ誰に何を強要されてきたとしても、呪いに気付きながらその産湯から出ようとしないならば、もはや自分を呪っているのは自分自身でしかない。


 それでも、誰か助けになれと祈るように自己を殺していたならば憐れむことができる。だが、この者が抱いたそれは誰も救わないただの呪詛だ。


 他者は愚か、自分さえも苦しめるだけの自縄自縛に、救いはない。


「……そ、れは」


 飛鳥の体から力が抜けていく。


 ――誰の言葉が通じなくとも、よく似た生まれの子供に此処まで言われて聞き入れずにいられるほど、飛鳥タナヱは過去の自分を切り捨てられなかった。


 否定すれば、哀れみたかった過去の自分を殺すことになる。

 無関係の少女を殺してでも愛した自分自身を呪うことになる。


 それだけは、どれだけ狂気で取り繕おうと、裏切ることのできないものだった。


「さて、倖斗が全部言ったから、この先俺が何を言っても正直蛇足でしかないんだが……そうだな。我が片割れからの伝言を伝えて、お前の事件に幕を引くとしようか」


 隆惺は袴が石畳につくのも構わずしゃがみ込み、うつむいたままの飛鳥に語り掛ける。手にしていた長い亜麻色のかもじが、すぐそばで見ているようにするりと師範の頭をくすぐった。


「『飛鳥師範が【くだん】? そんなはずないじゃない。だってわたくし、あの人の講義好きだもの。もしもそんな事実が出てきても、きっと真実は違うわよ。わたくしがそうしたいのだもの』だそうだ」


「……本当、自分勝手な子」


 悪態にしては、随分と毒のない声だった。


 隆惺が、口元にほのかな笑みをこぼした。片割れの勝手さと愉快さを誇るような、優しい笑みだった。


「それについては同意する。あれは常に自分の愛する世界を基準に動いているからな。だがまあ、誇るといい。理恵に【好き】と言わしめた教師は、あなたがはじめてだったよ」


 うつむいたショートカットの下から、すすり泣くような声がした。


 その小さな頭になんとも言えない気持ちになりながら、倖斗はゆるく護衛隊に合図をした。そう時間をかけず、警官を連れた藤宮の皆がやってくるだろう。


 引き渡せば、もう倖斗たちにできることは何もない。

 おそらく、もう二度と会うこともないだろう。


(……せめて、かつての僕のように、この人にもいつか星が見つかりますように)


 一つ歪んでいたら、自分だってこうなっていたかもしれないのだから。


 祈るように空を見上げれば、真っ暗な澄んだ空に眩い星が光っていた。



 こうして、不死身姫連続殺人事件は幕を閉じたのであった。

エピローグと裏真相まであとちょっとだけ続くんじゃ

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