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よってくだんの如し(三)

「……まだ嘘をつくのか。筋金入りだな」


 あきれ果てた様子の隆盛を飛鳥の血走った目が睨みつける。


「嘘? わたしは嘘などついていない! 【くだん】であれ、【くだん】であれ、【くだん】であれ! ゆえにわたしは予言をしたのに『死ねなかった』! わたしは今度こそ死ねる予言を告げなければならないんだ!」


 悲鳴のような言葉が、夜に響いた。


 予言獣【くだん】。その最大の特徴は的中率でもなければ奇妙な姿でもない。


 予言を告げた後に必ず【くだん】自身が力を使い果たして死ぬことこそが、彼らの最大の特徴である。

 記録にあったそんな一文が、脳裏をよぎった。


「大きな予言をすれば、それを当てれば、その天命が下るとでも言うつもりか。そのつもりもないくせに、随分と悲劇ぶるじゃないか」


 断末魔のような死の請願を聞きながら、隆惺は微塵も心動かすことなくゆらりと立ち上がった。


「本当に嘘吐きだな。【予言獣】。俺の可愛い忠犬は少しばかり悲しんでくれたようだが、俺の目は誤魔化せんぞ」


 隆惺が近寄るのにあわせて倖斗が飛鳥のショートカットの前髪を掴み、主人の燃える紫眼を見せつけるようにぐっと飛鳥の首を逸らせる。歪んだ下手人の顔を前に、名探偵は吐き捨てるように告げた。


「お前、【くだん】の家を壊したいだけだろう」


「なんで、それっ」


 咄嗟に吐き出した言葉を飲み込むように、飛鳥が唇を噛んだ。


 その反応こそが、真実を言い当てられたのだと物語っていた。


「本当に大きな事件を告げてその反作用で【くだん】らしく死にたいというだけなら、それこそ災害でも待てばいい。地震でも野分でも疫病でも、一生のうちに出会わぬほうがこの國では稀なのだからな。伝承上でも【くだん】は個人より大衆への厄災を叫ぶ【予言獣】だ。一個人の死なんぞを告げるより災害警告の方がよほどらしく(・・・)死ねるだろうよ」


 隆惺の表情が軽蔑をこめて歪む。二の句すら告げなくなった下手人を冷たく見下ろしながら、名探偵は語り続ける。


「だが、お前はそうはしなかった。わざわざ皇子の寵愛も深い女を、隣に推理を得意とする半身(おれ)がおり、手を出せば必ずただでは済まない藤宮侯爵家の理恵子を【くだん】の寸劇に巻き込んだ。ああ、【予言獣】を名乗っての予言改竄も重罪だな? まるで、家を取り潰してくれとでもいわんばかりの重ねがけだ。とてもわかりやすい。つまらんほどにな」


 ぱっと顔を遠ざけた隆惺に合わせ、倖斗は前髪から手を放す。突然のことに反応できなかったのか、ごんっと石畳に頭蓋がぶつかる鈍い音がした。


 少しの沈黙の後、うつぶせたままの飛鳥から声がした。


「わたしは、【くだん】の失敗作だった」


 哀れみを乞うように、弱々しい声だった。


「幼いころから何度も予言が出来た。【くだん】ならば告げた後は死ぬはずなのに、その予兆はまるでなかった。それが知られてからが、地獄だった。名を取り上げられ性別も切り取られ焼き潰され、人としての尊厳は消えた。祖獣の形に戻すのだと雪の降る中、牛小屋に押し込められ、予言を告げて死なないことを責め立てられた。本当に馬鹿らしい、いっそ殺せば良かったものを」


 声に嘲笑が乗る。それは【くだん】の一族に対するものか、それとも自分自身へのものか。


「十五を超えるころになって、見張りよりも背が高くなったわたしは家から逃げ出すことに成功した。暇な篤志家の爺さんに拾われ、知識を学び、家に見つからないように留学していたことにして年齢と身分と性別を誤魔化し師範学校を出た。この体にはなーんにもついてないからね、誤魔化すのは難しくなかったよ」


 ずる、と顔が横を向いた。焦点の合わぬ目が蓮池の湖面の月をぼんやり映す。


「ここ数年は、楽しかったなあ。子供たちはみんな可愛いし、やりがいはあるしさ。でも、不死身姫を見た瞬間、思いついたんだ。ーーああ、この子を使えば、【くだん】の家を潰せるな、って」


 地面に頬を擦りつけたまま、飛鳥の口端が歪んだ。酩酊しているような笑みだった。


 罪悪感など微塵も感じていない。自分の行為は絶対的に肯定されるべきだという傲慢なまでの確信に満ちた悪意の声。


 空気がざわめくほどの怒りが倖斗の全身に満ちた。離れた場所でも骨の軋む音が聞こえそうなくらいに強く、強く、真に手加減を忘れて飛鳥を押さえつける。


「貴様ッ お嬢様の命を何だと思って」


「別にいいだろう? 結局死んでないんだからさァ。馬鹿みたいに多い命のいくつかくらい、貸してくれたって減るもんじゃない。ノブレス・オブリージュだ。貴族の義務を果たせよ。わたしの苦しみを救うくらいしてくれたって罰は当たらないはずだろうが。いっつもヘラヘラ笑ってるんだから、どうせ痛くなんかないんだろ? 不死身姫にとって死ぬことは大事じゃないってことだろうが」


「身勝手なことをよくもまあ、そう恥ずかしげもなく語れるな」


 底冷えするような声が東屋に響いた。


 死なぬ少女と同じ顔をした少年の怒りと軽蔑に満ちた眼差しの鋭さを真正面から受けて、飛鳥がひゅっと怯えた息を吸う。


「あいつは確かに死の感覚が麻痺しているがな、それでも痛みがないわけじゃない。理解し難いだろうが、中途半端に逃げれば逆に長く痛むから、肉体が反射を殺しているだけだ」


 痛みは極まれば死をもって終わるものだが、理恵子にその終わりはない。ただ長く苦しむか、それとも苦しみを短く済ませるかの違いしかないのだ。


「大体、お前に理恵の不死身を好きにする権利があるわけないだろうが。あいつの命はあいつだけのものだ。どんな理由があろうが、当人が是としない死を強制するのが許されるはずもない」


 ガンッと隆惺のブーツが鈍い音を立てて【くだん】の鼻先を掠める。


「お前の復讐は好きにしろ。お前の呪いも好きにしろ。だがそれを為すために無関係の他者を勝手に巻き込むな」


 仮に、藤宮が恨みを買った末の犯行であれば、こんなにも隆惺が憤りを見せることはなかっただろう。そうであるならば、禊ぎ、償う覚悟を持つ程度の矜持は双子にはある。


 あるいは、助けてくれと駆け込んできたならば【くだん】の一族を正すために協力することだってできた。


 だが、そうできた未来を捨てたのは他でもない飛鳥自身だった。

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