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よってくだんの如し(二)

 肉付きが薄い虚弱な体は、かもじを外してもなお少女のように見えた。


 生来の中性的な顔立ちも相まって仕草を揃えてしまえば変装は容易いだろうと思っていたが、倖斗から見ても予想外なほどに似合っている。

 言ったら怒られるだろうから言わないが。


 こほ、と軽い咳と同時に銀炎が唇をなめた。肺を回復させているのだろう。隆惺の肺は理恵子に比して人寄りであるため昏倒までは行かないが、この濃度のにおいは堪えるようだ。


(万一の時はこいつ絞め落として、さっさと坊ちゃんを連れて帰ろう)


 すでに豊葦院の裏には藤宮の護衛隊が控えている。隆惺と理恵子たっての希望だからこの時間が設けられているだけで、どちらにしろ飛鳥の末路は変わらない。


 冷たく算段を巡らす倖斗の心中を知らず、飛鳥が予想外の事態に顔を引き攣らせた。そして動揺を隠しきれぬまま、悔し紛れの笑みを無理やり浮かべる。


「……なるほど、藤宮の名探偵、というわけだ」


 その言葉に、隆惺が至極不服そうな顔をした。


「俺の趣味のように言うな。片割れの遊び心だよ。そんなことも見通せんとは、【予言獣】というのは偽りか?」


「黙れ!」


 犬歯をむき出しにして飛鳥が吠える。びりびりと肌を震わすようなそれが続く前に倖斗が一層きつくその腕を捻りあげれば、小さなうめき声がした。


「教師の言葉使いではないな。地に押し付けた状態で悪いが、こちらの推理を聞いてもらおうか。ああ、補足があれば口をはさんでくれ。知っての通り、俺は本来犯人の前で推理劇をするのは趣味じゃないんだ」


 東屋に設置された椅子の一つに、隆惺が尊大な仕草で腰かけた。長い足がゆるりと組まれる。


「さて、今回の理恵子の連続殺傷だが、端的に言えば【予言獣】の力をもって為されたモノと言える」


「ええ、そうです! わたしが、わたしの【くだん】の力で不死身姫の死を、殺されることを予言したんです! 素晴らしいでしょう?」


「動くな」


 突然、のたうつように体を喜悦に震わせながら語りだした飛鳥を押さえつけた。


 しかし、塞ぎ損ねた口は興奮しきったように、べらべらとなおもしゃべり続ける。

 高揚し潤む瞳はまるで、この時を待っていたのだと言わんばかりに悦に浸っている。


「藤宮の不死身姫、死なないはずの彼女の死をわたしが予言したんです。そのときのわたしの喜びはこの世のモノとは思えませんでした。だってそうでしょう? 起こり得るはずのないものを実現する言の葉を告げる権利をあるのはわたし、【くだん】の特権です!」


 あは、と大きく開いた口が不気味に笑う。


「未来を告げ厄災を告げるわたしの権能、わたしが見たわたしの未来です! その中でも不死身姫の死なんて、ああ……最上位の予言だ。素晴らしい。来たるべき未来の絵図! 素敵でしょう? 素晴らしいでしょう? 死なない(・・・・)なんて汚らわしいその生態が熟す前に落ちる未来をわたしが告げることができた。なんて幸せなんでしょう!」


 法悦に至るように打ち震えている。押さえつけられてもなお動いたせいで、モダンなシャツの釦がブチっと千切れた。


 乱れに乱れるその姿を眼前にしても、隆惺の目はその異様な熱に浮かされることはない。


「死を予言した? 馬鹿なことを言うなよ。そんなもの、予言していないくせに」


「な」


 ばっさりと切り捨てた隆惺の言葉に、飛鳥は図星を疲れたように目を見開いた。


「犯行におけるもろもろの確率の低さを鑑みれば、お前が【予言獣】であることは事実だろうな。だが、見たのは自分の仕組んだ殺人事件の正否と実現可能なタイミングであって、理恵の死、そのものではない。違うか?」


 陸にあげられた金魚のように、飛鳥がはくはくと口を開閉させる。その様を冷淡に見下ろしながら、隆惺は続けた。


「真におまえが死を予言したなら、おまえはただ一言当家に告げに来ればよかった。『不死身姫に死相が出たぞ』とでもな。【くだん】は現在は未登録の予言獣だが、過去の文献は容易く見つかる。予言の質に自信があるならば、それを告げて成就を待ち、登録を受ければよかった。だがお前はそうはしなかった」


 なぜだろうな? と問う声が小夜嵐に乗っていかにも恐ろし気に響く。


「お前がしたのは非常に奇妙で迂遠な怪談を作り上げ、流布させることだった。そして流した噺になぞらえて理恵を殺すことだった。アングラな界隈に属していた怪人まで使ってな。本当に理恵子の死なんてものを予言していたならばする必要もない行いを、なぜおまえはしたんだ? 【予言獣】の予言は『起こることが決まっている未来』なのだから、本物ならば回避も対策もしようがない。人間にできるのは覚悟だけだ」


「そ、れは」


「自白は早い方が楽だぞ。俺たちの可愛い子犬は力加減が下手だからな」


 少年主人の言葉と共に、さらに関節の固定を強くする。ギチ、と骨と筋肉が軋む感覚が手のひらから伝わって、苦しげにうめく声に手のひらが軽く痺れた。


「第一、第二の【怪人】に委託した殺人。これは流した【怪談】と理恵の死を俺たちに関連付けさせるために確実な死がほしかったんだろう。だから遺体の状態を派手に盛り、俺という名探偵存在を知っていたからこそ、怪人に他殺だとバレる殺し方を注文した。間違っても事故死なんかにされないようにな。違うか?」


「……確信しているくせに、意地の悪い子」


 苦々しい顔をした飛鳥を隆惺が鼻で笑う。


「なんだあたりか、つまらんな。次だ。第三、第四では【怪人】にそもそも依頼はしていなかった。なぜならばこの二つの怪談こそがお前の本命だったからだ。あくまでも偶然にやってきた死が理恵を殺さなければならない。そうでなければ、わざわざ怪談なんぞに見立てた意味がない。そうだなぁ……『巷で流行る怪談が実は予言になっていて、その通りに不死身姫が死んだ。どうやら予言は【くだん】が告げたものらしい』そう繋げでもしたかったんだろう」


 飛鳥は、【くだん】は押し黙ったまま、喋らない。隆惺はわずかに肩をすくめ、核心に至る。


「ではなぜそんなものを求めるのか。繰り返すが、予言獣は決まった未来を告げるものだ。本物であるならば、小手先のトリックも自身の関与も不要だ」


「だまれ」


 低い低い、汚泥の中で煮詰まったような声がした。


 その威圧感を気にすることもなく、隆惺が片眉を上げる。


「おや。喋る気になったか? 良いぞ。いい加減俺も喉が痛い」


「わたしは本物だ! 本物の予言獣【くだん】! そうあれと祈られたものだ! だから」


 飛鳥の体が、恐怖とも怒りともつかない形でぶるぶると震える。押さえ込んだ飛鳥の体が、これまでになく熱い。


「だからわたしは、【くだん】としての自分を証明しなければいけない」

まだまだいきます

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