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よってくだんの如し(一)

 梟が鳴いている。


 月は天頂、夜の闇は深々として艶を帯び、冬の水面が鏡のように空を映している。


 花の彩りの少ない、寂しい季節だ。そんな中ひときわ青白く浮かび上がるような白い東屋だけが月の光を弾いて美しい。


 そんな、もはや日付も変わろうかという深夜の蓮池のほとりに、隠す様子もなくその人物は立っていた。


「早かったですね」


 そう言いながらその人――豊葦院女子部外国語師範、飛鳥タナヱが、どこか歪な笑みを浮かべて振り返る。


「こちらとしては遅くなりました、という気持ちですよ」


 矢絣の銘仙を着た主人を背に庇って立った倖斗が、吐き捨てるように言った。

 これまで何度も見たその顔が今はひどく憎く見える、と言わんばかりの形相のまま、どこまでも狩人のように静かな声で続ける。


「はじめまして、と言わせてもらいましょう。予言獣【くだん】……よくも我が主人を殺してくれたな」


 否定はない。


 ただ月明かりを頬に受けながらふたりを見つめるその目は冷たい。だと言うのに奥底にはぎらぎらと嫌な光が宿っていて、不気味だ。


「怖いですね。もっといい子だと思っていましたよ、守辺倖斗くん」


 くつくつと、やはり笑みを崩さず【くだん】が言う。返す刀に倖斗が吐き捨てた。


「大事なものを踏み躙って来るような輩に、振る舞う愛想は持っていないんですよ」


 その啖呵に、飛鳥の笑みが一層悍ましい形へと深まる。


「ふふ。でも、悪手ですよ。理恵子さんを連れてきてしまうなんて。もしかしてまだ、その子が死なないと思っているんですか?」


 嘲るその言葉に倖斗の険が増す。


「なんですって」


「ははは! そう、まだそこ! ならちょうどいい。その身を持って教えてあげます! 不死身姫、あなたは短期間に死に過ぎれば、蘇ることなどできなくなる出来損ないだってことを!」


 高笑いが夜に響く。


 狂ったような哄笑、というのはこのことを言うのだろう。倖斗の後ろに佇んでいた少女を蔑むように、【くだん】は睨みつけた。


「……?」


 少女は黙したまま首を傾げ、ただ穏やかに亜麻色の髪を夜風に靡かせている。


 変化は、ない。


 瞬間、それまで笑みで歪んでいた【くだん】の顔が、焦りの色とにおいに塗り込められる。


「なんで、なんでなんでなんでなんで仕掛けが効かないんだ!? いや、そんなわけがない。充分に香はッ」


 動揺にひしゃげた声にもはや穏やかさを装う虚飾はなく、その視線が東屋を確認するようにぐるりと動く。


 それは、明確な隙だった。


 倖斗がその懐に飛び込み速やかに足を払った。武術の心得がないのだろう、思い切りバランスを崩した勢いのまま【くだん】は無様に倒れ込む。

 じたばたと足掻こうとするが、素人の動きに振り払われるほど倖斗の鍛え方は柔じゃない。地面に押さえつけたまま二、三関節を押さえてしまえば、驚くほどスムーズに取り押さえることができた。


 もう随分と嗅ぎ慣れた、甘い香りが鼻をついた。

 モダン・ガール姿から濃く香り立ってくるそれは、東屋のあちこちに仕掛けられた香炉から溢れる、サンルームで双子の肺腑を蝕んだものと同じもの。


 蓮池の清らかな水の匂いを澱ませて満ち満ちるその狙いは、この場に来た少女の肺を今度こそ壊し、殺し切ることに他ならない。


「ええ。充分すぎるくらい満ちていますよ、ご所望の香りは。……でも、効く相手がいなければ意味がないでしょう?」


「なっ」


 倖斗の冷徹な響きを持った言葉に、【くだん】が絶句する。


 追い討ちをかけるように、ここまで一言も発さなかった少女が一歩前に出た。

 夜風が甘いにおいを洗い、美しい形の唇がゆるりと動く。


「俺たちは気づいていないとは一言も言ってない。勝手に思い込んだのは貴様だろう?」


 矢絣に似合わぬ、玲瓏たる少年の声が紡がれた。


「その、声! おまえ、不死身姫じゃないな!?」


 恫喝するようなその言葉に応じるように、少女/少年がため息まじりに髪を掻き上げた。

 亜麻色の長い髪を手櫛が根本から漉く。


 その手が頭頂部に達すると同時に、ずるりと長髪が外れ――短髪へと変ずる。


 理恵子と同じ顔。すなわち少女と見紛う美貌が、やる気のない猫のような表情を浮かべた。


「いつも片割れが世話になっているな、飛鳥タナヱ師範。このような服装で失礼する」


 理恵子の制服を身にまとった隆惺が、カーテンコールに出向いた役者のように礼をした。

ラストまで走り抜けるためここから50分おきくらいで更新していきます。よろしくお願いします。

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