お嬢様は怪談が知りたい
「怪談……ですか?」
パチクリと目を瞬かせた倖斗をよそに、隆惺がだらりとソファの背もたれに溶けた。
「四谷でもなんでも好きな講談に行ってこい。俺たちを巻き込むなそんなもの」
「あら、怖いの?」
「理解ができんだけだ」
心底面倒臭いと言わんばかりの隆惺を煽ろうとする理恵子を宥めた倖斗は、やはり心底首を傾げるしかない。
「お嬢様、なぜまた怪談なんぞを集めておられるのですか?」
怪談といえば、四谷怪談や番町皿屋敷、牡丹灯籠といった定番のものだろうか。だが、あれは今更集めるも何もないだろう。ならば最近聞こえる新作怪談とやらだろうかなどとふむふむと考えていると、今度は理恵子が不思議そうな顔をする番だった。
「あら、従者棟には伝わっていないのかしら。今、豊葦院では怪談がちょっとした流行になっているのよ」
怪談といえば人が死んだり呪ったり恨んだり悲しんだりして化けて出るものだが、押しも押されぬ華族学校である豊葦院にそんな話はあっただろうか。もしや、従者棟までは降りてきていない流行なのだろうか。
そんなことをつらつらと思っていれば、
「は? 男子部でもそんな話聞いたことないぞ」
と隆惺の玲瓏なる声が切って捨てた。どうやら従者棟だけが取り残されてしまったわけではないらしい。
反論を聞いて、理恵子が納得したように頷いた。
「あら、女子部だけなの。それは知らないはずよね」
「で? その怪談をどうしてお前が集めているんだ。別に怪談なんぞ好きじゃないだろう」
何が呼び水となったのか、途端に興味が湧いてきたらしい隆惺がニンマリと笑った。
「そうね。でも、あの方にお話を解体して持っていって差し上げたら、退屈凌ぎくらいにはなると思わなくって?」
理恵子も似たような表情を浮かべる。こうして見ると本当に顔の作りが同じだ。小さい頃は入れ替わって遊んでいたという話を聞いたことがあるが、今でも入れ替わったら簡単には見抜けないに違いない。
ぼんやりと双子の顔を眺めていたが、ふと理恵子の言葉尻が気になった。
「解体?」
聞きなれない使い方だ。実物がないものを解体する方法など見当もつかない。きょとんとした倖斗を見て、ふふんと理恵子が満足そうに重ねて笑った。
「ええ、そうよユキ。ただ怪談を集めるのでは、つまらないでしょう。だから、どんな噺が広まっているのか、その噺に目撃者はいるのか、そしてどうしてそんな噺が生まれたのかを調べているの」
なるほど、それは確かに解体だ。だがどちらかといえば頭脳で遊ぶのは隆惺の趣味であったはずだから、理恵子にしては珍しいことに変わりはない。好奇心の虫も変わった仕事をするものだ。
「まぁた酔狂を……」
「でも、隆惺だって面白そうだと思うでしょう?」
「祟られるぞお前」
頭痛を摘みとるように眉間を揉みほぐしながら隆惺が言う。だがその口元には理恵子のそれとよく似た笑みがうっすらと浮かんでいた。
理恵子がまた、にっこりという言葉がよく似合う輝かしい表情を花のかんばせに浮かべる。
「大丈夫よ。祟りごときでわたくしの命は奪えないから」
「そういう問題ですか?」
双子はどちらも言葉の物騒さとは裏腹に至極楽しげだ。特に理恵子は命を落としたばかりだというのに不死身の自信が微塵も揺らがない凄まじさに、つい聞いてしまう。
理恵子は白く細い指をスラリと組んで、女主人のように笑みを深めた。
「そういう問題よ。だって大概の怪談は巻き込まれたら死ぬから怪談になるのでしょう。なら、わたくしが一番強いわ」
先ほどの隆惺の警告は一切通じていないらしい。隆惺の方をチラリと見えれば、呆れたと言わんばかりに深々とソファに逆戻りしている。
「何と戦っているんだ、お前」
「強いていうなら世間かしら」
あっそ、と短くいって深掘りをやめた隆惺に変わり、倖斗が問う。
「えっと……どんな噺が広まっているんですか、実際のところ」
「まだ調べ始めたばかりだから、そんなに量はないわよ」
そう言って、理恵子はおもむろに手元の紙にこんなことを書き連ねた。
・第一の怪談・裏庭:毱をつく乙女
・第二の怪談・街中:彷徨える顔なし師範
・第三の怪談・教室:嘆きのかまど
・第四の怪談・廊下:走る人体模型
・第五の怪談・蓮池:詳細不明
「今の所、この五つね」
「詳細不明を含めるのか」
「不明なところが話の本体みたいなのよね。だから入れておこうかと思って」
「この裏庭だとか、街中だとかは舞台ですか? まとまりがないですね」
目録でしかないので詳細を聞けば変わるかもしれないが、どうにも女子部だけで広まっている理由が見えてこない。
「省略しただけでどれも女子部を舞台にしてる話よ。街中で起こるものだけは例外になるけれど、豊葦院と関わりがあるのは変わらないわ。それに目撃者がいるものもあるわ」
「目撃者、ですか?」
などと話していると、不意に隆惺が手を伸ばした。
とんっと長い指が目録の上を叩く。
「……理恵。この【毱をつく乙女】というのは?」
紫の目が静かに燃えている。隆惺がこのような顔をするのは、その明晰な頭脳が多かれ少なかれ何かに気づいた時だ。
ころころと理恵子が笑う。
「あら、興味が出てきた? いいわ。教えてあげる。ちょうどよくこれは目撃者付きのお話なのよ」
一拍置いて、理恵子はまるで蝋燭に見立てたように人差し指を口の前に添えた。
「東西東西ーー毱は毱でも、首で毱をつく少女が、出るそうなの」
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