双子の涙
決意を胸に秘めた倖斗を前に、双子は眉を寄せた。
話はわかったが、今求められているものがわからないと言わんばかりの表情だ。
「ユキはなにをすれば、布団行きを回避させてくれるのかしら」
「泣いてください」
倖斗は即答した。
「お二人とも、泣いていないでしょう。だから、泣いてください。【くだん】への怒りも、早く対処しなければならないという想いもわかります。けれど、僕のこの意図がわからないならば、お二人はきっと【くだん】を前にしても隙をつかれてしまいます」
いつもの二人ならば、倖斗の考え程度は先回りするはずなのだという信頼と確信に満ちた言葉だった。
理恵子と隆惺が顔を見合わせる。
きっと、二人にも自覚はあるはずだ。正常に考える事さえできれば、倖斗よりもよほど頭のいい人たちなのだから。
普段の理恵子ならば、体内の異物を一度で焼き切れないなど、有り得ない。次から次へと流入していたにしても、そんなものは端から燃やして何事もなかったように済ませてしまうはずだ。
――それが出来なかったということは、理恵子の不死身は短期間に幾度も再生を繰り返した影響でやはり不具合を起こしているのだ。不死身は肉体に依存する以上、疲労と無縁ではいられないのだから。
そんな体で香りの元を持つであろう【くだん】のもとへ行くリスクに理恵子が気づかないことは、おかしい。
普段の隆惺ならば、新たな第四の怪談の出現は事前に想像がついたはずだ。元の怪談は予告という意味を紡がぬまま市井に一介の怪談として広がってしまった。隆惺曰く怪談への執着があるはずの存在がとる行動としての行動としてそう意外性のある動きではない。
――それが出遅れたということは、隆惺は第三の怪談からの睡眠不足や精神的負荷によって脳を事件に割き切れなかったのだろう。
そんな頭で【くだん】と対峙しても出し抜かれる。
そのことに隆惺が気づかないのは、おかしい。
この二人の疲労が【くだん】の手の平の上である可能性が欠片でもある以上、一切の発散も無しに蓮池に向かうことは、文字通りの致命傷となる。
(今日この時ばかりは、この身の生来の頑丈と単純さがありがたいな)
腹を満たして休むことで切り替えられる造りでなければ、倖斗もまたその危険性に気づくことなく主人と共倒れになっていただろう。
「だが、それは……」
「僕が気に病むとお思いですか」
未だ惑う様子の主人たちに問えば、亜麻色の髪が否を示す方向に揺れた。
「いいや。俺たちの矜持の問題だ」
「お前は十分頑張っているでしょう、ユキ」
「僕はそれではもう、嫌です」
握る双子主人の手は冷え切っていて、それを温めるようにぎゅっと両手に力を込める。
「頑張っているのは、坊ちゃんもお嬢様も同じではないですか。いえ、いえ。同じどころではない。これまで僕の分の荷物まであなたたちは背負ってしまわれていた」
「いいんだよ。それが主人の勤めだろう」
「それをいうならば、背負うべきではない時に荷を背負わせないのは従者の勤めです」
「……なんだか、突然大きくなったわね、ユキ」
毎日顔をあわせているというのに、まるで数十年ぶりに会った人を見るような目をして、理恵子が瞬いた。
何て光栄な言葉だろうか。
「僕はあなたたちの犬ですから。きっと皆様より大きくなる速度が速いのでしょう」
双子がゆっくりと顔を見合わせて、それからふっと肩の力を抜いた。
数日ぶりに見る本心からの笑みが咲き誇る。
「それでは、お前が早くにいなくなってしまうじゃないか。それは困るぞ。藤宮は虚弱でも九十は生きるようにできているんだ」
「では、僕はお二人より一日長く生きましょう。あなたたちが望んでくださるのならば。それを叶えるのが僕の矜持です」
「難しいわよ。それ。わたくしなんて、隆惺よりずーっと長く生きるわ。きっと九十どころじゃなくってよ」
「頑張りますとも。ねえ、お二人とも」
ゆっくりと縋るように握っていた手を放して、倖斗は心からの最敬礼を愛すべき主人に贈った。
「あなたたちの痛みを、教えてください」
温かい飲み物を淹れますから。
たくさん泣いて、それから夜の散歩へ行きましょう。
泣いて泣いて、もう追加の涙は出ないと確信できるほど泣いた双子は、いかにもさっぱりとした顔をしてぐっと伸びをした。おかげで倖斗の侍従服は絞れそうなほどに濡れてしまった。
さすがに出かける前に着替える必要がありそうだ。
「なんか泣いたらすっきりしたわね」
「こんなに泣いたのいつぶりだろうな……恥ずかしい」
「今更よ隆惺。あと恥ずかしついでに思いついたことがあるのだけれど」
こそこそと耳打ちをして楽し気に話し合う双子を尻目に、倖斗は喉にいいという薬草茶をこぽこぽ淹れる。
体力という面では回復はしていないだろうが、鬱々とした気分が晴れただけでも御の字だろう。
そんなことを思っていると、うげっと、いかにも嫌そうな、引きつった声を隆惺があげた。
「それ、俺がやるのか?」
「きっと似合うわよ」
理恵子がにこにこと笑いながら指し示すそれは確かに、隆惺に似合うだろう。
だが、いったい何がどうしてそうなったのだろう。
首をかしげる倖斗を置き去りに、半ばやけっぱちのように「わかったよやるよ!」と隆惺は叫んで深々と息をつく。
それから何か思い出したように小さく声を漏らして、ぐるんと倖斗の方を振り返った。
先ほどまでの狼狽がどこかに消え去った冷静な顔で、隆惺が問う。
「倖斗、確認なんだが。俺がサンルームで内臓を焼いた時、近くに甘い香りの者がいただろう。それは、――じゃないか?」
告げられた名に、倖斗は目を伏せ、理恵子は瞠目した。
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