不死の花に萎凋あり
(嫌な予感がする)
理恵子が集めた怪談のうち、これまで四つが実現あるいは解決している。
残すはひとつ。
【詳細不明】の蓮池の怪を残すだけ。
ならば三日後に控えた双子の誕生日まで蓮池に近寄らなければ、企みは破綻し、平穏が戻ってくる。倖斗は無邪気にそう思っていた。
だが、もしも先ほどの【サンルームの乙女心中】とやらが、【くだん】の仕組んだ新しい怪談であるならば。
だとすれば、今こそ仕掛けてくるのではないか。
どのような怪談であるかはわからない。
だが、表題から考えればこのサンルームが舞台であることは間違いないのだから。
(何が来るかわからない。でも、いま伝えるわけには)
藤宮の不死身姫が何者かに狙われ、この一か月間に三度も続けて殺されている。
この事実は世間に伏せられている。他家の令嬢や従者がいる前で口にするわけにはいかない。
サンルームを満たす甘い花の香りにさえじりじりと胃の腑が焼かれるようだ。
そんな倖斗を余所に、目の前では華々しい茶会が催されている。
できればこのまま何もなく終わってくれ。そう願いながらサンルームの隅に置かれた振り子時計をちらと見た。
残りは、七分。
普段ならばそう長くない時間だが、今は永遠のようだ。
息をのんで視線を戻す。
理恵子のカップが落ちたのは、その瞬間だった。
「理恵子さま!」
円が悲鳴をあげ、テーブルに伏せる理恵子の背に走り寄る。
理恵子が左手でなんとか取り出した山吹色の手巾を口元に当てて、背を屈曲させる。見るからに苦し気だ。
困惑と悲鳴、己の家の子女を守らんと駆け寄る従者たちの慌てた声。静寂の泡が弾けたように、一気にざわめきが溢れ出す。
喧騒の中、ただ駆け寄りかけた自分を咄嗟に律し、状況把握に努めろと脳に命じる。
(何が……毒か!?)
理恵子の右手は力が入らないのか円卓から落ちて、だらりと肩からまっすぐに床へと向いている。
あの手からカップが零れ落ちたのだ。足元に転がってきたカップを拾い上げれば、ハンドルの裏に小さく紋が描かれている。
いやになるほど、見覚えのある紋だった。
(【くだん】の印!)
嫌な予感が的中した。
強い花と紅茶のにおいの中、より詳細なものを嗅ぎ分けようとすんと空気を吸い込む。
毒物らしいにおいはない。
だが、倖斗が覚えているにおいはこの世のすべてではない。
ぐるりと周囲を見回す。
唯一の入口の前には飛鳥師範が立っている。サンルームはガラス張りだ。その円周を各家の従者がずらりと埋めていた。侵入者がいて抜け出したのはあり得ない。
円卓の席にも従者にも講師にも欠けはないのを確認しながら、倖斗は先ほど講師陣が令嬢全員に水を注いだピッチャーを掴んで、理恵子の元に駆け寄った。
「円、水! これで足りる?」
「ありがと! 理恵子さま、水です。飲んで、吐き出してください!」
円に手渡されたそれを口に含み、指示通り吐き出そうとしてえずく理恵子を観察する。
(……意識はある。顔色が戻らない。毒であるなら、もうそれに触れた部分を端から回復させても可笑しくないのに、銀炎がない)
不死鳥の炎は現世を焼けない。だが、病毒に関しては別のはずだ。
不死鳥の羽や涙はあらゆる病と毒を焼き清めるのだから、その力の源である炎もまた然り。今の事態が毒を原因とするならば復活できなければおかしい。
血の気が引く。これではここ数日、夢に見ていたあの光景と同じだ。
理恵子の意思が銀炎を御せず、悶え苦しむ。
あの、第三の怪談と同じ光景。
胸元に忍ばせた短刀に触れる。虎堂から貰い受けたこれは、理恵子にもしものことがあったときに次こそは己が介錯するのだと決めた決意だ。
(今、抜くべきじゃないのか)
倖斗が持つ暗器では、理恵子を一太刀で死に導くことは難しいのだから、使うならばこれだ。
バクバクと早鐘を打つ心臓の音が耳の奥で騒がしくなり、理恵子の状況以外を拾うことを神経が拒否する。
「ッ!」
ひときわ大きく咳き込んだ理恵子の唇を、鮮血が濡らした。
ハンカチが赤く染まる。ちろりと銀炎が唇を割るも、すぐにまた赤く濡れて炎が消える。
周囲の令嬢の悲鳴が耳に痛い。鉄のにおいが充満し、部屋中の甘いにおいと混ざっていく。
「お嬢様……ッ!」
(もう、やるしかない)
自分のあわせを開き、短刀の柄に手をかける。鯉口に親指がかかり、白刃がわずかに覗く。
いざ抜き去らんと、右手に力をこめる。
その手を、優しく押さえるものが居た。
「……遅かったか」
墨色の外套が、揺れた。
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