サンルームと少女たちの囀り
冬の間に見えた小春日和。
あたたかなサンルームに少女の笑いあう声がころころ転がり、蜜にも似た夢見心地の空間が眼前に広がる。
それを壁際で見つめながら、倖斗と円はいつも通りシャンと背筋を伸ばして直立していた。
見回すまでもなく、部屋の中央で笑い合う少女たちの向こう側。ゆるく弧を描く壁際には、倖斗たちと同じような姿勢で各家の年若い従者たちがずらりと等間隔に並んでいる。
それぞれ表情は澄ましているが、特段緊迫した面持ちのものはいない。どちらかといえば円卓で楽しげに話す令嬢たちの様子を微笑ましげに見守っているものが多い。
それもそのはず。今日は、西洋の茶会作法について女子部と従者棟が合同で学ぶ日なのだ。
(皆様、お元気だなあ)
くすくす、こそこそ。囁き合う小鳥のようなその声は、鳥籠にも似たその空間には嫌に似合っていた。
「ねえ、お聞きになって? 例のお話」
一人の噂好きの令嬢が囁いた。それに同意するものがひとりふたりと増え、反響し合うように理恵子以外の少女たちが囀り出す。
と言っても、当然ながら各々の感想があるようで、におい立つ感情も花のかんばせに咲く色も様々だ。
「怪談とはまた、恐ろしい話よね」
怯えた声がまず上がった。それを見て、その隣に寄り添うように座っていた少女が勝気に笑う。
「臆病なこと。豊葦院はいつも穏やかで退屈なんだから、こんなお話があった方が少しは無聊も慰められるでしょ?」
「暇つぶしなら他にももっと良いものがあるだろうよ。あんなもの、行き合ってしまったと思うと気色悪くて敵わないわ」
口元を手巾で押さえながら背の高い令嬢がきゅっと眉を顰めた。
「行き合ったところで楽しめば良いのに、みんな怖がりね」
ため息混じりの呆れた声で勝気な少女が応じる。
きゃらきゃらと笑い混じりの声がいくらかそこから交わされて、そしてぽんっと噂好きの令嬢が再び言葉を投げた。
「ねえ、理恵子さん。あなたはどう思われますの?」
その言葉と同時に、さっとその場の少女全員が亜麻色の髪の少女へと目を向けた。
まるで女主人の言葉を待つようにじっと黙り込んだ令嬢全員の視線を集めながら、理恵子は優雅な仕草で頬に手を添えて、ほうとため息をひとつ。
「そうねえ」
完璧なまでの美しい笑みで、理恵子が微笑んだ。
まだ思案しながらただ笑みを浮かべただけの彼女に、少女たちの黄色い声があがる。
反対に、倖斗と円はまるで深窓の令嬢のような顔をする主君に幽霊でも見たかのような表情を浮かべずにはいられなかった。
何度見ても、社交に臨む理恵子は普段の悪戯好きな面が微塵もなくて、違和感が凄まじい。所作の美しさなどは自前だが、おとなしくしている理恵子など普段は何か面白いことがないか値踏みしている時にしか見られない状態なので、どうにも落ち着かないのだ。
「わたくしはあなたたちが楽しめているのならば、それで良いと思うわよ」
完璧な貴人の美しい笑みを直接浴びて、話しかけた噂好きの少女がぽっと頬を染める。
「もう、理恵子さんはいつもあたくしたちのことばかり。あたくし、もっと理恵子さんのお気持ちが知りたいわ」
「気持ちだなんて……わたくしはいつだって本心を口にしていてよ?」
ただでさえ甘い匂いのするサンルーム内が余計に砂糖菓子の甘さを帯びていきそうだ。片方は間違いなく模造品の甘露であるのに。
気まずそうな従者を置いて、少女たちの噂話はくるりくるりと移り変わっていく。
「そう。怪談といえば、また新しいものが流行っていたわよね」
勝気な声に、噂好きな少女が応じる。
「私も聞いたわよ。今度はどこだったかしら」
「確かハンカチがどうとか……」
大人しそうな少女が記憶を手繰るように視線を上向けた。背の高い令嬢がはてと首を傾ける。
「糸の話では?」
「いいえ、ハンカチよ。でもそんなに恐ろしいお話ではなかったはずだわ? 恐ろしかったら、覚えているもの」
「ええ。少しロマンチックだった気がするわ」
怯えた声の少女に噂好きな少女が同意したのを見て、怪談を知らないらしい生真面目そうな少女が怪訝そうな顔をする。
「怪談なのに?」
「怪談なのに」
こくこくと噂を知っているらしい少女たちがそれぞれに首肯する。噂好きな少女が話の仔細を思い出そうとして、むむっと腕を組んだ。
「ええと確か……」
少しの沈黙ののち、誰かが答えた。
「【サンルームの乙女心中】ね」
妙に響いたその声に、少女たちがあどけない顔を見合わせる。
「あら、サンルームってここじゃない」
瞬き合う少女たちの間で、ほのかな恐怖の芽が揺れかけた瞬間、パンパンッと軽やかな音が鳴った。
少女たちがくるりと音の方を一斉に向く。そこには凛と背筋を伸ばして両の手を胸の高さであわせている飛鳥師範の姿があった。
外国語の指南をする彼女は外つ国の文化である茶会の作法にも精通しているらしく、今回の指導を任されている。
「もう皆さん。そういった物騒な話は謹んでくださいね。噂とはいえ、あまり褒められたものではありませんよ」
はぁい。先生。
少女たちの合唱めいた返事を待っていたかのように、サンルームに次々とお仕着せの男女がカートを押して入室する。見覚えのある顔の彼らは従者棟の教員たちだ。
恭しく運ばれる磨き上げられたシルバー製のカートの上には、白磁のポットとカップ、そして色鮮やかな西洋菓子が目一杯に乗っている。
次々と鮮やかなスピードと優美さを兼ね備えた仕草で、ティーセットが令嬢たちの目の前にセッティングされていく。その手際に驚くものは居ない。時計の針がそうそう傾く暇もなく、純白の円卓が紅茶と洋菓子の花畑となる。
(何度か見るけれど、やっぱりすごいなあ)
内心を顔に出さないように頬に力を入れる。ここでは従者の振る舞いも指導対象だ。
この講義やがて令嬢たちが直面する本番に向けて、主と従者が揃った状態での予行演習を兼ねているのだから。
豊葦院の中ではある程度の自由があるが、この國における華族はそもそもひとりで出歩くことはほとんどない。
特に、令嬢はその傾向が顕著だ。
稀にお転婆娘が冒険に出かけたりなんぞもするが、大概の場合は気づかれて一定の範囲から見守られているか側近の首が飛んでいる。
こうした背景の元、側仕えである従者は令嬢たちの一部とも言われる。
故に従者棟では、時折主人たちの講義に合わせる形で特別な指導を受ける機会が設けられているのだ。
といっても、今日の所は従者棟の人間は教師陣の手本を見ることが目的だ。虎堂に叩き込まれたとはいえ、まだまだ挙動には未熟さがある倖斗としては気が楽なものである。
楽であったはず、なのだが。
(また、新しい怪談?)
先ほどまでの令嬢たちの会話が、倖斗の胸をざわつかせていた。
次の更新は16時頃です




