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獣と華族と不死身姫

 藤宮侯爵家。それはこの國において不死鳥を先祖に持つ唯一の家系だ。


 この國の民はすべて神に仕えた獣人たちと神に作られた葦人たちが紡いだ子孫だが、不死の因子を代々受け継ぐ家は他にない。

 そして理恵子は藤宮の当代唯一、祖に近しいほぼ完璧な不死身の肉体を持って生まれてきた、いわゆる先祖返りなのである。


 といっても、外見上は不死鳥らしいところは特に見受けられない。せいぜい隆惺よりほんの少しだけ炎色が髪の先に滲んでいるところに先祖の名残があるくらいだ。

 先祖が特別な力を持つ不死鳥であるからそのおこぼれをもらって特質を発現させるものがいるだけで、人間は人間。全能でもなければ全知でもなく、また不死身ではあっても不老不死ではない。

 ただただ、天寿まで何があろうと死ぬことができない体。それが理恵子に与えられた祖先からの贈り物だった。


 場所は変わって、藤宮侯爵邸・談話室。


 流石に血まみれで授業を受けるわけにはいかない。さらには襲撃かもしれないと早退を決めた三人は、すっかり血のとれた身綺麗な姿で膝を突き合わせていた。

 正確にいうとふかふかとしたソファに双子が身を沈め、侍従服に着替えた倖斗は嬉々として二人の世話を焼いている。


「で、どんな状況でああなったんだ」


 入れたばかりの紅茶に口をつけながら、隆惺が憮然とした口調で尋ねた。人によっては萎縮してもおかしくないが、母胎からの付き合いである理恵子は動じることなくクッキーをこくんと嚥下してから、のんびりとした調子で答えた。


「裏庭に用事があって歩いていたのよ。そうしたら後頭部……いえ、背中かしら? 首が取れたせいか、あまりはっきりとは思い出せないのだけれど、そのあたりに強い衝撃を感じたのよね。ガツンと殴られたみたいに。そのまま意識を失ったの。そして目が覚めた時には首が落ちていたのよね。驚きだわ」


「その衝撃は防火扉が落ちてきたことによるもので、重さと速度で首が飛んだか……いや、あまり腑に落ちんな」


「細かいことはどうでもいいじゃない。わたくしは生きてるのだもの。わたくし以外だったら、最悪閉校になっていたでしょう?」


 理恵子がほうっと頬に手を当てた。

 しみじみと良かった良かったと言わんばかりに微笑む理恵子に、隆惺が荒々しく足を組んだ。(すめらぎ)の藩屏といわれる華族の子息とは思えぬほど乱雑な仕草に倖斗がビクッと跳ねたことも目に入らないまま、苛立ちを漂わせながら理恵子を睨む。


「お前も死んでいることには変わりないだろう。ただ復活できただけで」


「あら、復活できているのだから問題ないでしょう?」


「僕はとても驚きました……」


「理恵の慣れすぎも問題だが、お前の失念っぷりもなかなかだな」


 深くため息をついて、隆惺はがばっとソファから背を離し倖斗の額をつんと突いた。


「いいか倖斗。理恵が祖の炎を使って回復しようとしているのにできない時は長く時間をかけず、即座に救護活動に入れ。こいつは始祖の血を濃く継いでいるがあくまで人間だ。長く蘇生できない状態も、短期間に何度も繰り返し蘇る状態も決していいとは言えない。わかっているな?」


「もちろんです」


 いかにも賢く見える顔で頷いてみせた倖斗だったが、隆惺の指が再度その額を強めに突いた。


「倖斗、お前も気をつけろよ」


「なにをでしょうか」


「誤魔化せると思うなよ。無防備に臭気がする方に近づこうとしただろう。お前は鼻が効くんだから、俺たちも予想していないところでダメージを負いかねんことは意識しろ」


 厳しい物言いではあるがあくまで倖斗を思ってのことだ。あからさまなその言葉に思わず苦笑した。


「そこまでしなくても……僕は先祖返りでも、ましてや真っ当な獣として在るわけでもありませんし」


 卑屈だろうか。だが、事実だ。そう思いながら首を傾げれば、隆惺が眉根を寄せた。


「先祖返りだから理恵のことを慮っているわけでも、お前の言うところの真っ当な獣を期待してお前を拾ったわけでもない」


「えっと……申し訳、ございません」


「……いい。謝るな。俺も強く言いすぎた」


 どうすればいいのかわからないまま、それでも悲しげなにおいをさせてしまったことに慌てて頭を下げた倖斗の癖毛を隆惺が飼い犬を愛でるように撫でる。


「とにかく、だ。お前達は自分の中にある獣を過大、あるいは過小評価しすぎて、人間であると言う自覚が足りていない」


 いいか。と念押し、隆惺はどこか芝居がかった仕草で己の胸元に手をやり、眼前の二人を順に見据えた。


「俺たちヒトは獣の裔だが、獣そのものではないんだぞ」


 神に仕えた獣の血を受け継ぐことは誉れである。しかし、獣と自己を同一視することは疎まれる所業だ。先祖への無礼である。また獣とケダモノを混同するものは愚かである。我らに流れるは神に仕えた特別な獣の血。理性なきケダモノになる許しでは決してない。


 隆惺の言葉と眼差しには、そんな皇の藩屏たる華族としての矜持が滲んでいた。


「それで? どんな用事でお前はあんなところに朝からいたんだ」


 ピリリと張り詰めた空気を自ら払うように隆惺がいつも通りのやる気のない仕草でソファに身を沈めて問う。


「あら。わたくしが花壇を愛でてはいけない?」


 にっこりとわざとらしい笑みを浮かべた理恵子に隆惺が白けた目を向けた。自分の生誕記念で造られた庭に咲く花をひとつも覚えていないような女が何をとでも言いたげな目だ。


「嵐が来るな。お前が興味あるのは俺たちと許婚殿くらいのものだろう」


「もう、失礼ね。面白いものにも興味はあってよ」


 隆惺の言葉にむうっと拗ねたように理恵子が頬を膨らませてみせた。


(多分、そういう気分なんだろうな)


 口には出さないが、倖斗もこっそり思う。


 理恵子は好みがはっきりしている。

 己の懐に入れたものにはとろけるほどに甘く接するが、そうではない相手に思考を割くことはしない。生家も婚家も高位の身分であるがゆえに、それらしい振る舞いをする際には仕事として脳のいくらかを割くことはあるものの、それも巡り巡って彼女の最愛である許婚の足を引っ張らないためだ。


 広く愛を振り撒くようで、有象無象にはその実なんの感情も抱いていない。そういう悪癖をこの美しい侯爵令嬢は生来持っている。

 そこまで思ってから、倖斗はおやと首を傾げた。


「けれど、あの花壇は今は何も咲いていませんよね? 梅も、椿も花木園まで行かなくては見られませんし」


 花壇などの手入れは主として業者に任せられているが、従者教育の一環として従者棟の人間が駆り出されることもあるため、季節ごとの植え替えスケジュールを一応ではあるが把握している。

 今思えば理恵子が倒れていたあたりの花壇は土がほとんど丸見えで、霜柱が唯一の作物といった風情だった。知らないうちに予定が変更されたと言うことはないはずだ。

 倖斗の疑問に、理恵子が毒花のように微笑んだ。


「よく知っているじゃない。花丸をあげましょう。まあ、そうね。元々お前達のことは巻き込むつもりだったし、いいかしら」


 ゲッと隆惺が身を引いた。やる気のない猫の顔がげんなりとした猫の顔に早変わりしている。


「おい、嫌な予感がするんだが」


「ダメよ。そちらから聞いたんだもの。是非とも聞いて頂戴」


 逃げようとする片割れの手をするりと絡め取り、少女は秘密を暴露するように、秘めやかに告げた。


「わたくしね、今、怪談を集めているの」

次回更新は15時です

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