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怪人退治(四)

「お前が僕の前でこれ見よがしに行動する時は大抵、何か僕の意表をつきたい時だろ」


 倖斗が知る親友は、いつだって倖斗の思考を乗っ取るようにそばに寄り添い、こちらが最も驚く瞬間に予想もつかない行動をとって現れる。


 そもそも橋の上で待っていた倖斗のもとに現れたこと自体が、この男が騙し討ちの形で消えることができないのだと証明していた。


 現れた時点で、どんなことが起きようと最後の一手は普段の宗次郎を信じようと最初から決めていた。

 その上これだけの材料が揃っていれば、あとはそう難しいことはなかった。


 本心から心配したし、本心から生存に安堵した。


 その上で、彼がこちらの意表をついて、もう一度倖斗の前に無闇に現れるような印象的な退場の仕方を選ぶのだと本気で信じていた。


 ただそれだけが、この橋の上の友人二人の勝敗を分けていた。


「なんだ、それ……馬鹿みてえ」


「馬鹿だよ。本当」


 この後に及んでこの友人の性質を信じることを選んだ倖斗も含めて、大馬鹿でしかない。


 いっそ、落ちて生死不明になってくれた方が、倖斗の親友は死んだのだと思えたのに。


「御用だ。……怪人さん」


「はは、まいったな。まさかこんな形で終わるとは。あーでも」


 緩やかに、何か憑き物でも落ちたみたいな顔をして、何者でもない男が子供みたいに笑った。


「うん、俺を捕まえたのがお前でよかったよ、倖斗」


 倖斗は込み上げる熱いものが落ちてこないように、ただ無言で男の腕に縄をかけた。



 そうして、この日倖斗は友をひとり失うことを選んだ。


「サヨナラだ。宗次郎」


 何よりも大切な主人の平穏を愛するが故に。



 ――歩く。ただ、主人の元に帰るためだけに歩く。


 怪人は下手人として引き渡し、残っているのは疲れ果てた体と大きく穴が空いたように涼やかな心臓ばかりだ。


 道の端にある瓦斯灯がじじじと蛾を焼いて鳴っている。普段は気にならない燃焼する瓦斯のにおいにギュッと顔を顰めて、また歩く。


 あと少しで藤宮の門が見える。


 そう思った時、曲がり角の瓦斯灯の下に見慣れた老紳士が立っているのが見えた。


「倖斗くん、お疲れ様でした」


「虎堂、さん」


 いつも通り涼やかで年齢を感じさせない、驚くほどしなやかな立ち姿。それを路上で見ることにわずかながら違和感を覚えながら近づけば、微かなサボンとインクのにおいがする。


「……ひどい顔をしていますね」


 痛ましげな声だった。

 普段から倖斗に優しいが甘くはない、厳しいと言ってもいい彼にそう言われるほどの顔をしているのだろうかと自身の頬に触れようとして、手のひらが擦りむけていることに今更気づいた。


「……僕の、せいなので」


 じわりと滲む赤と鉄のにおいを漠然と見つめながら、そんな言葉が漏れた。


「僕の油断のせいでお嬢様は燃えてしまった、僕の甘さのせいで坊っちゃんにお嬢様を介錯させてしまった。僕がもっと警戒していれば、この件はそもそも起きることはなかったのではないか。……どうしても、悔いることしかできません」


 もしも、自分が怪人にもっと早く気づけていたら。

 もしも、自分が友人なんてものを期待しなければ。


 考えても仕方がないことが泡のように浮かんでは弾けて、なんてことないはずのそんな泡沫の小さな営みが、ちりちりと胸を波立たせた。


「傲慢ですね。きみはまだまだ未熟な身なのですから、何もかもを背負って潰れては元も子もありませんよ」


「頭では、わかっているんです」


 藤宮の名探偵である隆惺でさえ、倖斗たちが友人になっていただなんて予期していなかったのだから、この仮定は無意味だ。全てを後になってから背負おうとするなんて、無駄にも程がある。


 だからこそ、頭を切り替えなければならない。


 手のひらの傷を握る。びりっと痺れるような痛みが神経を走り、目が覚める。


 夢浮橋のごときモラトリアムとはお別れだ。


 怪人を捕まえた以上この事件はじきに終わりを迎えるだろうが、藤宮の双子に降りかかる脅威がこれきりになるわけではない。


 ならば、今倖斗がとるべき行動は一つだ。


「虎堂さん」


 息を深く吸って、長く吐く。


 白い息が夜に立ち上って、まるで銀炎のように揺れた。


「僕に短刀の使い方を教えてください。間違いなく、どんな時でもお嬢様を介錯して差し上げられるように」


 老紳士は驚く様子もなく、ただ静かに頷いた。

本日の投稿はここまで。

次回はまた明日朝に

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