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怪人退治(二)

 棍から怪人の腕に手の位置を滑らせその手首を掴む。


 その冷たさをもろともせず掴んだ腕を軸にぐるりと宙に向かってぐるりと回転して男の双肩に飛び移る。

 そして、棍と足とで筋張った首に絡みつき、圧迫する。

 腕を挟ませるような隙は、与えない。


(このまま一気に落とす!)


 どんな獣の血を引いていようと、脳への血流を止められれば生物ならば最低でも行動を継続することはできない。藤宮のような不死性を持ったものでも一瞬ならば動きが止まる。


 少なくとも人と交わり血を残したものに、血液のない生物はいないのだから。


「おいおいユキ、はしたないぜ、女の子がさ」


 かなり締めているはずなのに、へらへらと笑ったままの男が言う。その顔からは確実に血の気が引いてきている。だが、男はそれをおくびも見せない。


「大きなお世話だ」


 さらに力を込める。

 男からはそれまで微塵もしなかった緊張と虚勢のにおいがわずかだがしている。

 密着する姿勢のせいもあるだろうが、確実にこの男は削れているのだ。性別のことをわざとらしく指摘したのもこちらを動揺させる目的だろう。だが、獅子吼のことを知られていた以上の驚きはない。


 斜陽も地平の向こうになり、あとは空が暗くなっていくばかりの橋の上。在らん限りの筋繊維を注ぎ込んで締め上げる体はどんどんと熱を上げ、冷えていく空気の中に白い息が荒く揺れる。


 汗が滲むほどの我慢比べ。

 あと数分、あるいは数秒でも締め続けていれば確実に倖斗が勝つ。


 それを予期したのか、怪人が口を開いた。


「この体勢も悪くないけど、ちょっと熱いだろ。離れようぜ」


 いつも通りの笑いを含んだ言葉がその唇から発せられた瞬間、ぐいん、と倖斗の手足が拘束を緩めた。


「なっ!?」


 当然、倖斗の意思ではない。依然として怪人を絞め落とそうとする自分の意思を一切無視して、何かに吊られたように四肢が逆方向に動いていく。


 まるで、傀儡のように。


 目を凝らせば鋼糸の四分の一ほどの糸が着物の上から手足に絡みついているのが、瓦斯灯の光を弾いてわずかに見えた。


(しまった、測り違えた!)


 怪人の得物は鋼糸ではない、糸全てだ。


 太いものから髪よりも細く切断に向かない細かな捕獲用の糸まで、多様な糸があの手袋に包まれた指先の一挙手一投足の指揮に従い、敵対者を襲うのだ。

 ぎりりと奥歯を噛み締め、想定するべきだったと後悔が込み上げる。


 殺人に用いられているなどという過激さに、目をくらまされなければわかったはずだ。そもそも糸状のものは何かを縫い付けたり縛るために存在するのだから。


「いやあ、悪いな、緩めてもらっちゃってさ」


 宙吊りになった倖斗の足から悠々と脱出し、怪人が笑う。その横顔に苛立ちが募る。


「この、待て!」


 足首に仕込んだ刃を弾き出し、糸を断ち切る。決して低くはない位置から不安定な体勢で落ちたが危なげなく着地し、再度地面を蹴る。


 ただ逃してはならない一心での噛みつくようなその接近は、悪手だった。


 再び体が動かなくなる。先ほど同様、糸に絡め取られたのは確実だ。だが、同じ脱出方法は使えそうにない。


(なん、だ。これ!?)


 全身にのしかかるのは、先ほどの比ではない重さだ。手足を絡め取られた時には感じなかった、立っていられなくなるほどの負荷。それに押さえつけられ、倖斗は為す術なくその場に倒れ伏す。


「悪い子は簀巻きにしちまおうね」


 ひうん、とまた音がして、もがいていた腕が体の両脇に揃う。


 言葉の通り、極細の糸で簀巻きにされているのだろう、橋に縫い留めらたかのようにうつ伏せであるため確認はできないが、背中にまで糸が及んでいる感触がある。


 体の各所に仕込んだ暗器を取り出すことさえできない雁字搦めだ。それでも抜け出そうと足掻けば、眼前に男がにやけた顔で蹲踞した。


「おーおー、かわいいねえ」


 見慣れた笑い方、聞き慣れた声で、親友の体温を持った彼が倖斗の頬に触れる。すり、とどこか慈しむような手つきでなでられた場所に小さな痛みが走る。倒れ伏した時に擦れた傷に触れたのだろう。だが、今はそんなことはどうでもいい。


「――絶対、逃さない」


 唸るように告げて、ギチギチと、無理矢理にでも糸を断ち切ろうと腕を動かす。何重にも巻きついているのだろう糸はいくらか千切れた感触があっても、拘束はなかなか弛まない。


「おーこわ。というか少しは照れるとかしてくれよ。自信無くすわ」


「勝手に無くしてろ」


 どうせ酒場の女を引っ掛ける時に使っていた技術なのだろうが、簀巻きにされた上に傷を触られてもときめくわけがない。ヘラヘラと、これまで過ごした橋の上と変わらない笑みで話しかけてくること自体正気を疑う。


 一層力を入れれば切れた糸の一つが皮膚を裂いて血が流れ出し、ジリジリとした痛みと同時に自身の腕のあたりから生ぬるい鉄のにおいがたちのぼった。


 押さえつけられているせいで強く橋の下から溢れている冬特有の生の気配が薄い川のにおいとつんとした嗅ぎ慣れない苔のにおいに鉄のべたりとしたにおいが混ざり込んで不快感が込み上げ、思わず咽込んだ。


「あーあ、別にお前を傷つけたいわけじゃねえんだよ」


「戯言を」


「戯言だよ。夢みてぇな戯言さ」


 ゆらりと男が立ち上がった。瓦斯灯を背にして陽炎のように揺れ伸びる影が薄暗くなった橋を横断する。


 男の顔は逆光になって見えない。


「うん、でもま、もういいかな。お前と遊べて楽しかったし」


 その声からは、妙に清々しいにおいがした。

バトル回その2

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