怪人退治(一)
相対するは怪人。
華族学校の厳重な警備を掻い潜り、常人にはできない行いで主君を三度も殺して見せた者だ。後手に回ればそれは如何様にも罠を仕掛ける隙を見せるに等しい。
鋭い呼気と共に縄鏢を投げつける。難しい道具ではあるが何度も繰り返した動作に迷いはない。咄嗟に飛び退いた男の横を鏢が鋭く通過する。男の口元に笑みが浮かぶ。だが、倖斗に焦りはない。焦る必要すらない。
(かかった!)
手元のわずかな動きで操れば、途端に宙を滑る縄は男の体をぐるりと巻き取る。
縄の先に重い刃のついた縄鏢はともすれば中距離武器に見えるが、先端に重さのついたそれは修練次第では捕物に向いたものになる。今回のような捕縛を目的とした時には十分向いた武器だ。
彼には依頼主【くだん】の正体を吐かせなければならない以上、口がきける状態で捕まえる必要がある。だからこその速やかな捕縛、そのための縄鏢。
あっけなく、男の体が縄に絡め取られる。
そんな未来予想図は、あっけなく切り裂かれた。
「わ、あっぶな」
そんな軽い言葉と共に鏢に繋がっていた縄が宙で細切れになって落ちていく。怪人は未だ手袋をはめた手をだらりと下げたままで、刃物らしいものは持っていない。
しかし倖斗は驚かない。もう、すでに一度見た武器だ。
あまりにも滑らかな主人の首の切り口、人影を誰にも見られず成した速やかすぎる氷柱の切断。やはり、その切れ味と速度は倖斗がこれまで体験したことがないほどに優れている
(やっぱり、縄はだめか。鉤縄より速度が出るからいけるかと思ったが)
「鋼糸なんて、ふざけた武器を使うんだな」
「お、やっぱバレてるんだ」
ぱちぱちぱちーとふざけた様子で口頭で擬音語を発しながら男が拍手する。
ひうん、と鋭い音がして、夕景の黄金の光にちらちらと男の指先に連なるその糸の数々が浮かび上がる。光の粒と線が男の輪郭を彩って煌めく。
一本一本はまるで強さを感じない、ただしなやかで細いだけの糸。ともすれば美しく思えるだろうその光景を前に倖斗が抱いたのは、冷たい怒りだった。
達人でなければ選ぶこともなければ使いこなすこともできない、実に明確な格上の証明となる武器だが、そんなことはどうだっていい。
あれが、理恵子を殺したもので、自分たちの平穏を壊したものだ。
あれを上回ることが、このふざけた事件の数々を終わらせることに繋がる。ただそれだけが、煮えては冷めて固まる溶岩のように、倖斗の腹の底にトゲトゲとした異形の怒りを蓄える。
「バレないはずがないだろう。お前が相手にしていたのは我が主人だぞ」
「藤宮の名探偵か。はは、噂以上におっかねえなあ」
ケラケラと笑う男をよそに、次なる武器を袖から引き抜く。
「お、三節棍か。使いこなせるのか?」
「当然だろ」
あくまでこちらを揶揄うような態度を崩さない怪人に短く返し、構える。
棍を握る手にわずかに力が入る。目の前の男は間違いなく自分よりも強い。糸を使うという技量だけじゃない、おそらくは体術も同じことだ。それはわかっている。
だが、そんな理由で眼前の下手人を逃すつもりは毛頭ない。
(絞め技に持ち込め。僕の怒りは後でいい)
深く息を吐く。間合いの差がある以上、ただ殴り倒すことはできないだろう。
どう距離を詰めるか。思考を巡らせる間もなく耳が異質をとらえた。
ひうん、と鋭い音。
咄嗟に身を伏せればチリッと毛先が切れると同時に、欄干が鋭角に欠ける。眉を顰め、体勢の崩れを勢いに置換して一気呵成に踏み込む。棍が鋭く空気を裂き、蛇のようにしなる。
たとえ鋼糸があっても引き千切れる。そう確信する渾身の一撃。
頭蓋に当たれば致命傷になりかねないほどのそれを前に、怪人は徐に左腕を突き出す。
腕など容易にへし折れる。どんな達人が見ても口を揃えるだろう一合が棍と腕で交わされ――、悲鳴のような金属音が鳴った。
「っは、なかなかいい一撃だけど、残念だったな」
「お前、どうしたんだその腕」
どう考えても生身の腕と棍がぶつかった音ではない。仮に手甲をつけているにしても、音に見合った硬さと頑強さが痺れとなって倖斗の手には残っている。
仮に鉄製の義手でもつけているならば納得できるが、彼はつい先日まで倖斗の前で腕まくりをして素肌を晒していた。こんな音が鳴ろうはずもない。
「この稼業やってると、どうしても、ね!」
「……っ!」
動揺した一瞬の隙をついて男の腕がお返しとばかりに振り抜かれる。ずるりと棍が男の硬質な腕からズレ、全体重をかけていた倖斗の体が男の方に倒れ込む。
倖斗の、狙い通りに。
バトル回まとめていくことにしました。
一応40分くらいあけて投稿していきます




