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思惑と推理(二)

 ただの誤魔化しではない。警察の検分を見聞きした時からずっと気になっていたことだ。


「では、そもそもストーブから炎が吹き出したのは一体なんだったのでしょう? 煙突が詰まっていたことと関係が?」


「そうだな。それが原因だ」


 隆惺が静かに頷いた。


 警察が調べた結果、あのストーブの煙突は煤とタールでギッチリと目詰まりして空気の通りが異様に悪くなっていたらしいということが判明したのだ。

 教室を覗いた時のどこか空気が籠ったにおいは、おそらくこの煙突の状態から来ていたものなのだろう。


 とん、と隆惺が帳面を置いて、ティーカップに手をかけた。


「まれにだが、煙突が詰まることでああ言ったことが起こるらしい。燃焼を引き起こす要件が満たされなかったせいで燃料である骸炭や薪がうまく燃えていなかったことが原因と言われている」


「うまく燃えないと、炎が吹き出すんですか?」


 ひどい矛盾に聞こえる言葉だが、炎が吹き出したことは事実であるのが余計に倖斗を混乱させる。


 いったい、どういうことなのだろうか。


「火が燃えるには薪や炭と言った燃えるものと一定の熱と酸素が必要だろう? それが足りないとうまく燃えることができない。通常はその時点で消えるのだが、熾火が生まれることがある。そこで新鮮な空気が入り込むと我先にと空気を求め炎が手を伸ばし、大きな炎として空気がある側に流れ込む……と言った理屈らしい。炎を操る獣も異能も確認されていない以上、これが一番理にかなった見方だろう」


「特に、入った時に火事のにおいに通ずるものはありませんでしたが……」


 悔しくて俯けば、隆惺が頭を撫でてくる。気を遣われているのだろうか。だとすればますます申し訳ない。


 かといって、主に慰められて以上いつもまでも落ち込んでいるわけにもいかず顔をあげれば、苦笑が返ってきた。まるで落ち込む必要などないとでもいうようだ。


「多くの場合は先んじて煙突が壊れるなどの予兆で発見できるらしい、が、今回はそうした『漏れ』が起こってしまえば下手人の計画が破綻するからな。あちらが一枚上手だったのだろう。どうしても罪あるものを決めるするならば、ストーブと言われた時点でこの仕掛けを予期できなかった俺の罪となるだろうな」


 思わず反駁する。理恵子もまた、気だるげな体を起こしてそれに続く。


「そんな! 坊ちゃんは悪くありません!」


「そうよ。そこまで読めるのなんて予言獣くらいでしょう」


 そんな二人に隆惺がにんまりと口角を上げた。


「そうか。ならお前たちも妙な気を回すなよ。単に俺たちより相手の仕掛けが巧妙だった。それだけなのだと今、お前たちが言ったも同然だからな」


 ぐっと理恵子と倖斗が揃って言葉を詰まらせれば、隆惺が鼻で笑う。

 こちらを馬鹿にするというよりも、どこか自嘲するようなにおいがさっと鼻腔を掠めた。


 さて、と気を取り直すように隆惺がカップを置き、足を組み直す。


「資料にストーブの中に花があったと警察の資料に記載があるな。あと一つか二つ、理恵子が燃えている最中に踏んだ同様のものが床に落ちていたそうだが、これは?」


「この花は同行していた、例の後輩の方が持っていたものと同じものです」


 脳裏に浮かぶのは、舶来の赤い花。朝の廊下に残った花の甘ったるい香までがありありと脳内に蘇り、ぎゅっと眉間に力が入る。


 気づくべきだったのだ。怪談に怯えていたという話に惑わされる必要などなかった。骸炭をくべる係の少女が見慣れぬ花を持っていたその意味は、今思えば明確ではないか。


 倖斗が自身の唇を噛むと同時に、隆惺が吐き捨てるようにそれを告げる。


「つまり、お前の後輩は今回の【花係】だった。というわけか」


 理恵子がその言葉に、そっと目を伏せた。

 唇には、常と変わらぬ微笑み。


「そうだったみたいね。結局焚べられなかったみたいだけれど」


 驚くわけでもなく首肯した理恵子の態度に、隆惺が渓谷めいた眉間の皺を作る。倖斗もまた、信じられない心地で少女主人を言葉もなく見つめた。


 隆惺が恫喝を堪えるように、声量を噛み潰した声で片割れに問う。


「お前、焚べようとしているのを見ていたのか。その上で、庇って燃えたと?」


「自殺行為、とでも言いたげね。そんなに気に食わないの?」


 それは肯定だった。理恵子はわかっていて自ら怪談に、己を殺そうとしている凶器の前に身を投げ出したのだ。


「守ろうとしている相手が自ら命を投げ出すのは、ただ掻い潜られるよりも屈辱だとは思わんか」


「では、わたくしに目の前で人が焼け死ぬのを見逃せというの? わたくしが庇えば誰も死なずに済むというのに、そんな非道をして殿下に合わせる顔があると?」


「お前が死んでいるだろうが」


 隆惺の声が、低く震えた。彼の体から怒り、悲しみ、失望、憐憫、困惑、嘆き、傷心。そんな数多の感情たちが渦のように混ざり合ってにおい立っている。


 倖斗は自分の感情のにおいはわからないけれど、きっと今の自分は同じにおいがしているのだろう。


 理恵子が困ったように眉を下げた。


「それでも、わたくしにとってはあれが最善だったのよ」


 聞き分けのない子供に告げるようなその言葉が、ひどくもどかしい。あなたがそのようなことばかり言うから、と八つ当たりしたくなる。彼女から見える景色ならばそうなるのは当たり前だ。


(あ、まずい)


 眼前の隆惺から、強い慚愧のにおいがする。


 当たり前だ。倖斗は嘆き悲しむ比重が強くいられるが、隆惺からしてみれば今回の事件では理恵子のこういう部分を利用して策を講じたも同然なのだ。


 以前の戯れのような言い合いではない。本気で隆惺が自己矛盾でその身が引き裂かれそうになっていることくらい、倖斗にもわかる。


 だから、倖斗はグッとその身を前に乗り出した。


「あのっ……これってつまり、怪談【嘆きのかまど】も怪人たちに利用された、ということでしょうか? いえ、元の話にストーブが火を吹くなんて話はありませんでしたけど」


 鬱々とした思考を拭うように、単純な疑問をぶつける。理恵子の行動の是非はおそらく簡単に決着がつかない話だ。この問答を延々と続けていては、やがては双子主人の間柄を致命的に損傷しかねない。


(それだけは避けなければ)


 どくどくと心臓が早鐘を打つ。


 道化の真似事は苦手だが、そうも言ってられない。倖斗の得手不得手など二の次だ。

次回更新16時頃の予定です

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