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思惑と推理(一)

 警察の検分が終わるまで同席して豊葦院から屋敷に戻れたのは、隆惺たちが夕食を食べ終える頃だった。


 随分待たせてしまったと、急いで隆惺に現場の状況を書きつけた帳面と警察がまとめた資料を渡す。ペラペラと頁を捲った隆惺が何やら頷いて、三人はいつもの談話室に話し合いの場所を移すこととなった。


「さて、どこから話したものかな」


 帳面に目を通しながら難しい顔をした隆惺がつぶやいた。

 ソファーでは理恵子がいつもより少し疲れた様子で背もたれに体重を預けている。


 そんな双子を見ながら、倖斗は丑前田から渡された握り飯に齧り付いた。許可を得ているとはいえ主人の話を聞く態度ではないが、空腹で通常業務に支障を出さないためには仕方ない。


 米の次に現れたいささか大きめの鮭をもぐもぐと咀嚼していると、理恵子が鎖骨に触れた毛先を鬱陶しげに払った。


「どこから、というのはなんの話かしら」


 理恵子の髪は炎の中で燃え果てたことを忘れたように艶やかさを取り戻しているが、長さだけは普段と比べるまでもなく短い。軍刀で切り落とされた名残だろうか。


 そんな理恵子をじっと見つめたあと、隆惺はそっと視線を落としてため息をついた。


「……今回お前を殺したのは間違いなく俺だ。介錯であろうがそれは変わらん。だが、この状況を作ったものがいる。それを解かねばならんだろう」


 隆惺の言葉に、ざっと血の気が引いた。


「っ、申し訳ございません。僕がもっとしっかりしていれば」


 夜食を放り出して額づこうとすれば、肩に手をかけ止められる。

 隆惺が、ゆるく否定の形に首を振った。


「違う。倖斗のことじゃない。お前が気に病むことじゃない。……なあ、倖斗、むしろお前は誇るべきなんだ。お前が発見したんだろう? 現場に例の【くだん】の紋が残っているのを」


 紫色の視線が向いた帳面には、逹磨ストーブのスケッチがある。

 大まかな絵ではあるが、ちょうど焚き口の真後ろ、逹磨ストーブの背面にがりりと刻み込むように書かれていた印も確かに記してある。


「今回は第二の事件における怪談再現以上に、手が混んでいた。それこそ、お前が拾ってきたこの印の存在がなければ、これが仮称【くだん】と怪人の仕業だと俺は確信が持てなかったのだぞ?」


「そ、そんなにですか……?」


 思わず問いに問いを返してしまう。


 警察は印に気づく様子もなかったが、これこそが今隆惺が最も欲している情報だろうと倖斗なりにあたりをつけて描いたものが功を奏したらしい。


「当たり前だろう。此度の件が第三の怪談を予告とした事件であることを証明できるのは、俺の脳を無意味な仮定で消費せずとも済むということだからな。もしもこれが見つかってなければ、もしも違う輩だったらを繰り返して厄介ごとが増えたと嘆きたくなっていただろうよ」


 土下座を制していた手が頭の上に移動して、もふもふと頭を撫でた。虚弱なる安楽椅子名探偵にとって、これほどありがたいことはないのだぞと言い聞かせるような手つきだ。


 何度も双子にされてきたことだが、役に立てた実感が強いようでいつもよりもこそばゆく感じる。


「そうよユキ。わたくしも別にお前に怒ってなどいないのだから、その余計な自罰意識はやめなさいな。悪い癖よ、それ」


 理恵子の呆れたような声がして、双子主人の間に見解の相違がないことを理解する。


「はい、気をつけます」


 イマイチどれのことを言われているのかわからないが、まあやめろというならば少しずつ直していくこととしよう。

 素直に頷いた倖斗に満足げに理恵子が微笑んで、するりと視線がその片割れへと移る。


「それで、わたくしを焼いたあの火は結局何だったのよ。まさか本当に曰く付きだなんて言わないわよね」


「曰くだけはないな」


 実物を見たからだろう、隆惺の断言に迷いはなかった。これまでの怪談とは比べ物にならないほどにはっきりと、今回の件は作為が見え透いているとでも言わんばかりに確信がにおい立つ。


 だが、念のために聞いておきたいことはあった。


「けれど、あれだけ古びていたら何かあってもおかしくはないのでは?」


 逹磨ストーブは、ひどく錆びついていた。あれだけ恐ろしい厄災を呼んでもおかしくはないほどの様子であったように思う。


「ああ、あの錆か。あれはおそらく何かしらの薬剤を使ったんだろう。それも最近になってのことだ」


「薬剤ですか?」


 あのように錆びさせるものがあるとは初耳だ。

 それに現場に残った以上取りこぼしがないよう見たつもりだったが、全く気づかなかった。隆惺はいったいどこで気づいたのだろうか。


 虚を突かれ目を瞬かせるばかりの倖斗に、隆惺がふふんと自慢げに笑う。


「ま、気づかんでも無理はない。火を吹き出した影響で焦げた上に、表面と内部にそれほどまでの落差があるなどとは通常は思わないからな。盲点になっていたんだろう。だが、確かに炎が消えたあとに見えた焚き口の中はかなりの新しさだったぞ。あれは間違いなく他の逹磨ストーブの搬入年数と同程度しか経過していない」


 隆惺の観察眼の賜物だ。これで視力はごく一般的であるというのだから驚きである。


「他の逹磨ストーブと同程度ということは……二、三年。長くとも五年と言ったところでしょうか? 人為的な錆であることはまず間違いないでしょうね」


 他の教室で見た逹磨ストーブは錆とは無縁だった。あれと同じ年数しか経っていないというならば、それが自然のものであるはずがない。

 次に首を傾げたのは理恵子だ。


「わたくしが炎を使えなかったのは?」


「後日お前の健康診断はするべきだろうが、おそらくはあの炎自体が祖の炎を抑え込んだんだろう。森林火災においてはあえて延焼を防ぐために炎を放つ手法があるというから、それに似た作用が起こったと俺は見ている」


 炎は燃え移る場所がなければ燃えられない。それと同じことが理恵子の不死身に起きていたということだろうか。


 だが、それでは説明がつかないことがある。倖斗が疑問を投げかけようとした瞬間、不死身の張本人が先んじて口を開いた。


「じゃあ、首を落としたところで助かるかは五分じゃない」


 まさに聞こうと思ったことを他の誰がいうよりもさっぱりとした口調で問うた。

 隆惺が朗々と、しかしどこか痛みを堪えるような表情で答える。


「いいや。五分などではない。知っているだろう? 同じ祖の炎でも、自分の意識がある状態での炎はある意味では俺や兄上も使えるものと同種だ。多寡はあれど自己治癒力を上げるだけの、言ってしまえば弱い炎。しかし首が落ちる、脳幹が破壊されるといった重大な損傷時に自動で使われる炎は先祖返り限定。さらに言えば元は不死鳥が寿命を悟った時に生まれ直すための炎だ。純粋に火力が違うんだよ」


 だからこそ隆惺はあまり後者の炎を使って欲しく無いのだろう。


 ひと月のうちに三度も、致命的な損傷による先祖返りの炎を使わせる羽目になってしまったことを、悔いているのだろう。

 複雑極まりないが、一貫して強く出ている隆惺の感情のにおいの苦しさは、そこからきているのだ。


 これ以上はあまり隆惺に語らせてはいけない気がして、倖斗はもう一つの疑問を投げかけた。

次回は12時頃更新です

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