理恵子の隠し事
「何のことかしら。隠してないわよ」
あまりに堂々としているため余人なら本当に何もないと判断するだろう。だが隆惺の紫眼の睨みは弱まらない。
倖斗も聞きたいことがあった。
「お嬢様。怪談を語っている時からずっと、誤魔化しのにおいがしておられますよ?」
怪談をしている最中は妙な芝居が原因かとも思っていたが、その後もずっとにおいがする。かつて虎堂や丑前田に失敗を知られまいとしていた双子からよく嗅ぎ取ったにおいであるから、勘違いではないだろう。
「駄目押しだな、理恵。倖斗にこう言われて誤魔化し続けるほど阿呆ではないだろう?」
隆惺が会心の一撃をくれてやったと笑う。
しばし、振り子時計の揺れる音と暖炉の燃える音だけが談話室に満ちた。
綱引きをするような沈黙。それを破ったのは、理恵子の降参を示す吐息だった。
「……ほら、怪談ってわたくしの命を奪おうとする予告という話になっているじゃない?」
珍しくしどろもどろ、といった調子で理恵子が言う。常に美しい煌めきが満ちている瞳がいささか後ろめたそうに視線を隆惺と倖斗からずらした。
隆惺が何かを察したように、片割れを見ていた目に冷たさを宿した。
「ああ。だからできれば怪談の舞台になっている場所には行かないでほしいと言ったな」
嫌な予感がする。倖斗は頬が引き攣る感覚を堪え、じっと少女主人の答えを待つ。
ぺこりと、亜麻色の長髪を肩から滑らせるように理恵子が頭を下げた。
「ごめんなさい」
天下無双の快活姫である理恵子の謝罪などはじめて見た。
そんな気持ちで倖斗が目を白黒させていると、隆惺が天井を仰いで、魂が出てしまいそうなほどに大きく長いため息をついた。
「……何への謝罪だ?」
普段は理恵子の手となりあちこち突いてまわす扇子が、パチパチと忙しなく細い指先にいじられて開閉する。言い出しにくそうにもぞもぞと口元が動く。
いかにも言い出しにくそうだ。だが、隆惺はじっと無言で促し続ける。
そんな片割れの視線に観念した理恵子が、おずおずと口を開いた。
「近寄らないつもりだったのよ? なのだけれど、後輩の子が……ストーブの曰くの方の話を聞いたらしくて。ストーブの骸炭係が恐ろしくて続けられないと悩んでいるのを見て、つい。ね?」
「親しい子なのか」
隆惺の問いの意味は倖斗にはよくわかる。
理恵子は社交的だが広く浅い関係性が多い。骸炭係なんて朝早くからの重労働を気遣いから共にやるほどの後輩の存在ははじめて聞いた。
「一応話したことはあるわよ。そう親しいというわけではないけれど」
「それでも行くのか」
「もう約束してしまったのよ。約束を破るような女にだけはなりたくないわ」
こちらの考えはあっていたらしい。それならばなおのこと珍しい。理恵子は親切心や誇りだけで親しくもない相手を手伝ってやるほど暇ではない。
(それに今のお嬢様のにおい、多分嘘をついていらっしゃるんだよなあ)
あくまでにおいであるから、言葉のどれがとはわからない。だが今の理恵子は確かに嘘をついている。
しかし、その意図がわからない。
いくら隆惺に促されたからとはいえ、いつもの理恵子ならばこんなにも違和感を持たせる偽りは言わないはずだ。
(何か隠したがっている? 何を?)
朝早く学校に行きたいということは素直に言っている。
共に行く相手が親しくない相手であることも白状している。
向かう先が怪しいと踏んでいる場所であることも包み隠さず告げている。
これ以上隠すようなことなど何もないだろうに、なおも理恵子からは嘘のにおいがしている。
どう問えばいいのかもわからないまま、ひとりで首を捻る。
その横で倖斗とはまた別の熟考に沈んでいた隆惺が再度深いため息をつき、口を開いた。
「倖斗、理恵についていけ。学校側への申請は藤宮から出しておくから、頼んだぞ」
止めることは不可能であろうと決を下したらしい。
そんな疲れた様子のもうひとりの主人に、倖斗はいつも通りの丁寧な礼を返した。
「かしこまりました」
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