語り直される怪談、あるいは双子の語り比べ
暖炉の炎がゆらりと揺れる。
「『【花係】って知っている? 二階の角から三番目の教室にあるあのストーブに花をくべる係のことなんだけど……ああ、そうそれ。蓮池と天竺牡丹が見える教室にある古ぼけたストーブだよ。あの錆びたやつ。それにね、お花を捧げるの』……こんな具合に、さしておどろおどろしくないこの怪談は気軽に語られると考えられる。噂にとって語られやすく否定されにくいということはそれだけで強い要素と言っていいだろう」
まるで見てきたかのように隆惺が語る。
どこか理恵子に似た少女の声と地声をくるくると切り替えながら語られるそれは、理恵子がやった小芝居が生温いとでもいうようだ。
おまけに理恵子もあまりに見事な隆惺の声色の使い分けに少し悔しそうな顔をしている。
喧嘩とまではいかない程度に妙なところでぶつかることがある双子だが、今がそうらしい。
触れていては話が進まないので流すことにした。
「なるほど。確かに、先ほどのものよりはこちらの方が広まりやすそうですね。でも、それだけでは、先ほどの怪談にあった要素を拾いきれないのでは?」
倖斗は素直に気になったことを聞くことにした。問われたことに虚を突かれた様子もなく、隆惺がゆったりと頷いた。
「当然だろう。理恵の話を聞く限り、今回流行っているのは怪談と言ってもひとりが朗々と語るものを一方的に聞くわけじゃない。あくまで日常会話の中に噂として紛れる形式のものだ。故に、興味を持った相手には次の項目が開示される形で話が続くんだ」
「ああ、確かにわたくしが聞いた時もそうだったかも。それで? 今の所わたくしが蒐集した時と同じ流れだけれど、次はどう語られていたと思うの?」
悔しさよりも好奇心が勝り始めた様子の理恵子が、にやにやと悪戯な笑みを浮かべた。今度は隆惺が声色を作るんじゃなかったとでも言いたげな悔しそうな渋面になる。
しかし、促されてしまえば続きを語るしかないのが名探偵というものだ。
「『もちろん、誰も彼もが勝手にやっていいってことじゃないよ。誰でもいいってわけじゃない。これは秘密の儀式だから、選ばれた子のところにだけ自分の机にお知らせが届くの。お花の形で……って聞いたことはあるけど、実際どうなんだろう? でも、必ずそうだとわかるように届くはずよ。ずっと続いている儀式だもの』……と言ったところか? 適度な禁忌と思わせる秘密の念押し、誰かに選ばれたものだけができるという優越感を煽る仕掛け、嘘か真かわからないほどに曖昧なのに長らく続いているという神秘性と冒険心の刺激。褒めるのも癪だが、実に見事なことだな」
「流石ね。おおよそ当たっているわ」
眉間に皺を寄せた片割れの推理にぱちぱちと拍手を送りながら、理恵子がころころと笑った。
「おい理恵、笑ってないで実際に聞いた内容を補足しろ。どうせ先ほどは無駄だと勝手に判断して大幅にまじないの内容を省いてるんだろうお前」
片割れの言葉にわざとらしく理恵子が瞬いた。きょとんとした顔を作っているが、瞳の奥の喜悦とにおい立つ面白がっている感情はありありと伝わってくる。
「まあ、わたくしが語っていない『お花をくべる』ことまで言い当てたくせにどうしてわたくしに語らせようとするのよ。あなたが語り口に文句をつけたんじゃないの」
「ストーブに花を捧げるなんて、くべるか置くかの二だろ。その上、いまだに教員たちに見つかってないならくべている一択だろうが。大体、俺は万能でも全能でもない。情報提供もとに推測材料を全て切り離されたもの完璧に語れてたまるか」
呆れた顔をしながら顎で続きを隆惺が促す。それを受けて、理恵子が仕方がないわねえとわざとらしい顔をしながら言葉の襷を受け取った。
「【花係】は毎日、お花をくべるらしいわ。ええ。ほら、女子部では家政のお勉強と先の大地震の経験を踏まえて設置されたでしょう。ストーブの使い方や火の起こし方を知るために冬の間毎朝骸炭を足す係が。それと合わせてできるように、さるお方が取り計らって決めているそうなのよ。……まったく、眉唾よねえ」
「お前の感想を一旦捨てろ」
いかにも胡散臭い、と言わんばかりの顔で語る理恵子に隆惺が注文をつける。それを受けて理恵子が軽く肩をすくめた。
「仕方ないわね。……お休みの日以外は毎日。できない日ができてしまったらそこで係は交代。別の人が担うことになるわ。周囲の人全てに内緒にしていても必ずサボタージュはバレて、いつの間にか手元から選ばれた印の花が消えるそうよ」
「押し花にしたものが、ですか?」
倖斗の問いに、理恵子が頷く。
「どれだけ大切にしまい込んでも消えてしまうそうよ。でも、もしも一年間休むことなく花をくべることができたら、ご褒美があるらしいの。何でも願いが一つ叶う、っていう話はこれね」
おしまい、と言って理恵子が紅茶を傾けた。
なるほど、『まじない』の内容はわかった。だが、ふと疑問が湧く。
「あれ? これが元の形ならお嬢様が先ほど語ってくださった方の怪談……ストーブの曰くはどこで語られるのですか?」
「ああ、それはわたくしが色々と調べた結果ね。だって、どうしてストーブに花をくべるのか知りたいじゃない。だからこのまじないをとっかかりにストーブ周りの話を集めて、見えてきた背景を加えたのよ。実際よく知らないけど『曰くがあるらしい』くらいの話をおまじない周りでする子は多かったし間違ってはいないでしょうよ」
なるほど、隆惺が順番通りに語らせた理由がよくわかった。
理恵子という自由な女のことを倖斗はまだまだ見くびっていたらしい。恐怖が理由ではなかったが、これは語り手の視点が存分に盛り込まれている。
「お嬢様、こちらの怪談の題名は本当に【嘆きのかまど】であっているのですよね?」
「そこは変えてないわよ。倖斗の話で唯一間違っていたところがあるとすればそこだもの。『【嘆きのかまど】ってお話を知っているかしら? どうしてこんな名前なのかは知らないのだけれど、それに関連してこういう話があるのよ』と学友たちは言い出すの。声色まで作ったのに残念だったわね」
ごんっとフットレストの上で隆惺が尊大に足を組んだ。
行儀も悪ければ態度も悪いが、不思議と下品に見えないどころか跪きたくなるような威光がある。隆惺のもつ資質だろう。
「それで? 理恵、お前なにか隠しているだろう。話せ」
そんな圧を持って凄まれた理恵子がにこりと微笑んだ。
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