怪談とまじない
ふふんと歌うような声と共に語り終えた理恵子がいつもの表情に戻る。怪談を語っていた最中の怪しげな艶めきはどこかに消え去った。
ぱちぱちと暖炉の薪が音を立てる音を掻き消すように、パンっと理恵子の盛大な柏手がひとつ鳴る。その音を合図に倖斗は紅茶を淹れるためそっと立ち上がった。
「とまあ、これが第三者の怪談【嘆きのかまど】なわけだけれど、何か質問はあって?」
「お前に怪談を語る才能はない」
隆惺のげんなりとした様子に、理恵子がムッと頬を膨らませる。
「お小言は結構よ。大体、これを語れと言ったのはお前じゃない。だから気合いを入れてあげたのよ」
「小芝居をしろとは言ってない。後怖がることがほぼないお前の語り口と仕草がわざとらし過ぎて恐ろしさが微妙に伝わらん」
隆惺が呆れを全身から漂わせてじっとりとした目で片割れを見つめた。確かに語っている最中の理恵子は半ば滑稽芸に片足を踏み入れているような仕草も時折していたが、そこまで呆れることだろうか。
疑問に思いながら、倖斗は徐々に言い合いの熱量が上がっていく双子の傍らで砂時計をひっくり返した。まだどちらも椅子から腰を上げていないので止める段階ではない。先日お互いに発破をかけ合ったことにより少々過熱しやすくなっているのだ。
「もう、わたくし別に語り部になりたいわけじゃないわ。言ったでしょう? 殿下との会話の種、無聊の慰めに持っていくだけよ」
その言葉に一層隆惺が半眼になる。
「殿下ならお前の語り口はなんでも好いてくれるだろうがもう少し励めよ」
「うるさいわね。大体、わたくしの不死身が勝手に使われて玩具にされて一向に話を持っていって差し上げるどころか直接会いにいくこともできないんだから、張り合いってものがないのよ」
「それを早く会いに行けるようにするための手がかり探しだろうが」
ジリジリと鼻先が近寄って今にも双子の腰が同時に座面から離れようとする。
それとほぼ同時に、砂時計が落ちきった。流石に、もうそろそろ止めたほうがいいだろう。
「まあまあ、お二人とも、そのあたりで。お茶が入りましたよ」
「あら、そう?」
「よし、仕切り直すぞ」
パッと双子が詰めていた距離を離して座り直す。今にも喧嘩が起こりそうだったとは思えないほど速やかな切り替えに、ああ遊んでいたのかと倖斗は内心ほっとする。
今日は倖斗が二つ目の【くだん】の印を発見したことにあわせて、理恵子から第三の怪談を聞いて少しでも下手人を捕まえる糸口を掴もうと言う主旨のもと談話室に集まったのだ。
「それにしても、そんなにお嬢様の語り口はダメでしたか? 僕はいいと思ったのですが」
理恵子の仕草がそぐっていないのはともかくとして、隆惺がそこまで却下するほどひどいとは思えず、つい問うてしまう。
隆惺が受け取った紅茶に砂糖をざらざらと投入しながら答えた。
「今回は死ぬのを怖がらない理恵の語りだからな。本来怪談に染み付いているはずの恐怖がいまいち伝わらんのが問題だ」
「恐怖ってそんなに必要ですか?」
情報伝達なのだから、感情は邪魔ではなかろうか。そう思って言えば、隆惺が思わずといった仕草で眉間に指をやる。
「感情も情報だ。特にこれは怪談なのだから、感情と切り離しては無意味な部分も出てきてしまう。雰囲気作りのために選ばれたとだろう順番でさえ、重要な情報になるんだよ」
「そう言われましても」
イマイチピンとこず首を傾げれば、理恵子も似たような顔をして同じ角度で首を傾げる。
きょとんとした二人を前に、隆惺はガリリと頭を掻いた。
「そうだな、例えばだが……理恵お前、順序を【逆】にしているだろう」
「ええ。結論から話した方がいいでしょう?」
にっこりと理恵子が笑えば、深々としたため息が重なる。
「それで肝になる部分を落としているんだから世話がない。お前がおまけのように付け加えた『願いが叶う【花係】』こそ、おそらくこの怪談の肝だ」
「どういうことですか?」
怪談の題名にもなっている嘆く呪物より、それを宥めるもののほうが主軸と言うのは納得がいかない。その不満が声に乗っていたのだろう、隆惺が苦笑した。
「一回ストーブを確かめないことには確かなことは言えないが、この怪談は表題やいかにもな設定のせいでストーブが主眼に思えるものの、女子部だけで広まっていることを考えるとむしろメインは【花係】なんだよ」
「女子だからかしら? 花が好きな子ばかりじゃないと思うけれど」
「いいや性別は関係ない。今噂が留まっている範囲の話だ。本当にストーブが主体であるならば噂が出回っている範囲が女子部でとどまる訳がない。俺たちは華族なのだから、そのような不気味はいかに上層部が持ち込んだものだろうと、もっと広まって然るべきだ」
豊葦院は華族学校だ。未だ物忌文化が根強い場所に妖怪変化、それも國を開いたの時の残滓にも似た呪物が搬入されたとなればいかに鎮魂の意があるとはいえ、それぞれの生家に内密にしていると言うのはあり得ない。本来協議した上でも大騒ぎになったとて仕方のない話なのだ。
女子部だけで噂がおさまっているのは、道理に反している。
それは、ひどく納得のいく話だった。
頷いた倖斗と悔しげな理恵子を見据え、隆惺がだめ推しの一言を発してニヤリと笑った。
「大体、お前が言ったんだろう、理恵子よ。第三の怪談は『おまじない』めいているとな」
まじないとは古来、秘されることでこそ効果を発揮する。
誰かに見られてはいけない、誰にもしゃべってはいけない、誰にも知られずに行動を成功させる。そうした秘密が閉鎖された集団だけで共有され、その手順を外部の誰にも知らせないことこそが、行為の神秘性と集団内での効果を高めていく。
そんなことを言いながら、隆惺が愉悦を覚えている時の理恵子そっくりの表情を浮かべて、口元で人差し指をピンと伸ばした。
そんな、誰にも言ってはいけないよ。とでもいうような仕草のまま、少年の赤い舌が言葉を紡ぐ。
「と、なれば。語り出しはこうだろう――『【花係】って知っている?』とな」
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