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第三の怪談

 こんな噂がある。


 豊葦院女子部二階、その角から三番目。蓮池と天竺牡丹の花壇が窓から見える空き教室に設置された古ぼけた達磨ストーブが呪われている、という噂だ。


 この学び舎は国開きの時に作られ、それなりに年月を経た場所ではあるがなんと言っても華族たちのための場である。見栄も含めて規範となれやと言わんばかりに設備は常に美しく保たれていて当たり前。それは冬の極まる頃にしか使われない暖房器具であっても同じことだ。


 だと言うのに、事実その達磨ストーブだけがやけに錆びついていると言うのに撤去もされずそこに安置され続けている。そして不思議と、他のストーブたちが磨かれ抜く業者を入れる日でも、その古ぼけた達磨だけがじっとそこに居続けている。


 まるで、触ってはならぬものとでも言うように。


 そんな触らずの遺物を見れば噂を立てたくなるのが人の性分か。あるいは真の話なのか。いつしか学生たちは口々にこんなことを言い出すようになった。


 曰く、あの達磨ストーブは濡れ衣を着せられた罪人たちの怨念で錆びついているのだ、と。


 突拍子もない話だ。だが、嫌に真に迫る調子でこんなことが囁かれた。


 昔、一本の刀があった。

 それは外つ国に門戸を開くより前の動乱の時代に國を乱す輩を処せと命じられた処刑人が振るい、百人は愚か千人を超える罪人の首を落とした処刑の刀であった。


 仕事であるから、その血はけして処刑の刀を穢すものにはならぬはずであった。

 だが、罪人の中に真の罪人ではないものが混ざっていたことがわかった時から、刀の様子はおかしくなっていった。


 最初は、鞘に収められていると言うのにカタカタと震えて血を求めただけだった。

 次に、数日血と脂を吸うのに間が置かれるとその場でおんおんと異様な音で騒ぎ立てた。

 血をよこせ、血をよこせ、我が吸わずとも良いはずの血の味が忘れられない。

 そうしてついには、隣を通っただけで腕を、足を、首の皮を切られるものが相次ぐようになった。


 困り果てた処刑人の一族は高名な神主を頼ることにした。

 すると神主は刀を見た途端悲鳴を上げ、そして告げた。


 もはやそれは刀であってはならぬものだ。刃のついたものであってはならぬものだ。疾く鉄屑に還されよ。

 そうすれば、せめても斬り殺されることだけは防げよう。


 だが、そうなった後もゆめゆめ祀ることを忘れてはならない。忘れた時は、きっと悍ましいことになる。


 どうか、どうか、忘れることのなきように。


 幣を投げ出して縋るように言われたその言葉に従い、処刑人の一族は速やかに刀を炉へと投げ込んだ。

 怨念のよくよく染み込んだ刀はたちどころに炉の中で溶けてただの鉄へと還っていった。


 それから幾月かが過ぎ、その炉から新たなものが作られることになった。

 その時作られたのが、この達磨ストーブだという。


 ――では、そんなストーブがどうして豊葦院の女子部に流れ着いたかというのか。


 当然問うものがあれば、答えるものがある。


 曰く、炉の中で融解することなく、鉄の中に残り続けていた怨念を慰めるためであると。


 怨念はその存在を叫ぶように、達磨ストーブとなった後は世にも悍ましい嘆きの叫び声を繰り返し夜通し叫び続けるようになった。

 地獄の釜を開けたようなその人の脳を掻き回し魂を毟る叫び声を聞いたものは次々に発狂した。即死することはなかったが、それよりももっと酷いことになった。


 その話を聞いて、処刑人の一族は思い出した。

 あの怯えた神主は『祀ることを忘れてはならない』といってなかったか。


 慌てた処刑人の一族は上役に相談した。上役はしばしの間考え込んだ。社を作り長く慰めることこそが肝要なのであろうが、伝承がどこかで絶えてしまえば社が祀られなくなるとその上司は悟っていた。


 そうして三日三晩悩んだ上役は、華族大会館を頼ることにした。

 伝統を保つことにおいて華族の右に出るものはそういないからだ。


 話を聞いた華族の半数は難色を示した。いかにも伝統の保持者ではあるが同時に穢れを内裏に持ち込まないためにそうしたものを遠ざける習慣があったからだ。


 だが、その他の半数のうちにいた豊葦院のとある関係者がその達磨ストーブを引き取ることにした。


 これを慰め、御霊として長く豊葦院の守り神としよう。

 そう言って巫女となる女子たちが最も通いやすい女子棟にあえて空き教室を作り、代々女学生の中からこのストーブに献花し慰める巫女として【花係】が密かに選ばれる仕組みを作った。


 以来、達磨ストーブは錆びつきながらも穏やかな顔でこの女子部にあるのだ。

 故に、あのストーブは恐ろしい呪いのストーブであると同時に、女子部にあっても害あるものではない。


 そしてそんな言葉と共に、巻き込まれたに等しい少女たちの間では知る人ぞ知る小さな噂が流れ出す。


『【花係】に選ばれた子の机の上には花が一輪置かれている。その花を押し花にして無事に一年、誰にも知られることなく役目を果たせたら係を務めた子はなんでも願いが一つ叶う』


 そんな、甘い菓子のような噂が。

次の更新は22時頃です。

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