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怪談と死因と推測

 ぴっと立てられたのは、三本の指だ。


「残っているのは【嘆きのかまど】【歩く人体模型】【詳細不明】の三つよ」


「場所は確かそれぞれ、教室と廊下と蓮池、ですよね」


 以前聞いた情報を頭から引っ張り出して舞台となる場所をがりりと帳面に書き付ける。理恵子は自分で図解を起こすことは好まないので代わりにやっておけ、とばかりに隆惺に手渡されたものだ。臨時の書記というわけである。


 それを特に気にしたそぶりもなく、理恵子は首肯した。


「よく覚えていたじゃない。褒めてあげるわ。ま、早く眠りたいし、ざっくりとまとめてしまうわね。詳細は後日、語れる時に語りましょう」


 絹糸のような亜麻色の髪を耳にかけた理恵子のきっぱりとした宣言と共に、小さな怪談がはじまった。


「まず、【嘆きのかまど】ね。場所は教室」


「どの教室だ?」


 隆惺の問いに、そうねえとどこか目元をとろりとさせた理恵子が返す。


「豊葦院女子部の角から三番目の教室、というのが定説。一階か二階かはよくコロコロ変わるし、数える場所も角からというのが変わっていたこともあるわ。不変なのは何処かからの三番目という点ね」


「それでは詳しいことはわからないも同義だな。それで? その場所で何が起こると?」


「起こるというより、すでに起こっている。いえ……起こしている、というのが正しいかもしれないわ」


 その曖昧な言いように、倖斗だけではなく隆惺も意味をつかみ損ねたのか眉根が寄る。

 二人の反応に「そんな顔しないで頂戴」とむうとして、理恵子が言葉を続けた。


「この話はお話とまじないが合体したようなものなのよ。簡単に言えば『不気味な逸話を持つストーブがこの学校にはあって、それを宥めないと大変なことになる。ただし学生が祈りを捧げればストーブの機嫌が良くなりご褒美に願いが叶う』といったお話だから」


「それは……怪談か?」


 隆惺が難しい顔をして尋ねた。無理もない、あまりにこれまでの怪談と毛色が違うのだ。

 これまでの二つの怪談がどちらも死と血の気配を濃く滲ませていたものであるとするならば、これは随分とのどかだ。ストーブ自体は何やら不穏だが、回避方法まで組み込まれている分、理恵子のいうとおりおまじないと呼ぶのが適当であるようにも思える。


「わたくしも怪談として数えるのか少し悩んだのだけれど、これは必ず怪談の一つに数えられていたから抜くわけにも行かなかったのよ。何より、殿下にお聞かせするものが暗い話ばかりなのもどうかと思って」


「そこを気にするなら最初から怪談など集めるな。殿下に聞かせて気分が良くなるものにしろ」


 正論である。だが、理恵子はにこりと笑うだけ笑ってそれを黙殺した。


「それに、歌う骸骨も怪談といえば怪談でしょう? 特別怖くあることだけが怪談の条件ではないなら、こんなものが一つ混ざっていたって別にいいじゃない」


 やはりどうにも大雑把なことを言う片割れに頭痛を揉みほぐしながら、隆惺がため息をつく。


「その理屈ならそうだな。それで? この大変なことになるというのは?」


「明確には伝えられていないみたい。けれど不幸に見舞われるだとか地獄の釜が開くといった言葉が添えられている傾向はあるわね」


 なんとも物騒なことだが、やはりこれまでの寒気がするような残虐性と比べると軽く感じる。そんなことを思っていると、ソファーに埋もれた隆惺がううむと声を上げた。


「地獄の釜……嘆きのかまど……それだけを聞くと火傷が連想されるな。安直ではあるが、これまでの怪談との照応も大概安直だったから否定はできんが……どうやって理恵で再現するつもりだ?」


「火事でも起こすつもりでしょうか」


 これまでのあくまで秘密裏に行われたものと比べると大幅に規模が大きくなるが、火傷による殺傷を目論みるとすれば倖斗にはその程度しか思いつかない。


「それだと、再現としては弱いな。他が怪談と結びつけるのに無理がないほどに手がこんでいたことを思うと、もう一捻り欲しいところだ」


「そうねえ……ストーブが襲いかかってきたりして」


 ころころと笑う理恵子に、隆惺が「はあ?」と声を上げた。


「絵巻物じゃないんだ。そんなことができてたまるか」


「もう、冗談よ。怒らないで頂戴な! 第三の怪談はこんなところでおしまいにして、次に行くわよ」


 理恵子の言葉を合図に、倖斗は帳面をペラリとめくった。


「次は【歩く人体模型】ね。場所は廊下。と言ってもこれは読んで字の如く。面白みもないけれど夜になると人体模型が一人でに歩き出すっていう話よ」


 今度は倖斗も知っている話だった。従者棟でも人体模型のそばを通る時には噂好きな学生が実しやかに囁いている。そう思っていると、腕を組んだ隆惺が告げた。


「これは俺も聞いたことがあるな。と言っても、人体模型は人体を模した上に表皮を半分だけ剥がした状態だから、人間なら大なり小なり異質さを感じ取っても仕方がないことかもしれん。……何か異質な内容でもあるのか?」


「一個だけ。女子部の噂だけ『行き合ってしまったものは皮を剥ぎ取られてしまう』って文言がついていたの。だからか別名【皮剥人形】ともいうのだとか」


 先ほどの長閑さとは打って変わって、随分血生臭い上に具体的だ。歩き回るところまではともかく、そんな場面は聞いたこともない。従者棟には届いていない話のようだ。

 この違いはあとで報告しよう、と印を書き付けていると、気だるげに隆惺が天井を仰いだ。


「確認するまでもなく、見立てがおこるなら死因はそれだろうな。生き肌断ちをされるか死に肌断ちをされるかは知らんが、まず間違いなくお前の皮を剥ぎ取ろうとすると見た」


 グロテスクな話だが、この話に準えるとしたらそれしか確かに思いつかない。何よりこれまでの二件も十分に陰惨な事件であったのだから、グロテスクなどと言う視点で下手人は戸惑わないのだろう。


 その恐ろしさに一人震えていると、やはり理恵子が楽しげで軽やかな笑いを含んだ声を上げた。

今宵はここまで

次回はまた明日の午前中に投稿します

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