怪談の下にはお嬢様の死体が埋まっている
夕食を終えた三人は再び談話室に集まっていた。
「怪談のひとつ、今回のわたくしの死に方に似ていると思うのよね」
などと夕食の最中に理恵子が言い出したことにより集合がかけられたのである。
そして一先ず詳しく聞かないことには判断がつかないと聞いてみた結果、隆惺と倖斗は揃って黙り込むことになった。
そんな中でひとりにこにこと微笑んでいる理恵子が口を開く。
「どう? 今回のわたくしの死に方、この【顔なし師範】の怪談に似ていないかしら」
「亡くなり方としては、そうですね?」
ふふんと胸を張った理恵子に倖斗は曖昧に頷いた。隆惺も同じことを思っているらしく、頭痛を堪えるように眉間をもみほぐしている。
なんでこうも殺されている本人が、自分の死因と類似していると認識している怪談をこうも楽しげに語れるのだろうか。
「【顔なし師範】ねえ……これをなぞったのかと思う程度には、似ているな」
「あら、わたくしを狙っている輩のこと? そんな面倒をするかしら」
「じゃあお前はなんのために俺たちにこれを聞かせたんだ。いやいい。どうせ愉快だからだろう。……真っ当に考えるなら、ここまでの類似はむしろそんな面倒を進んでしていると考えた方がしっくりくるんだよ」
理由は三つある。と告げる隆惺は常のようなやる気のない猫に似た表情ではあるものの、声はいつもよりずっと重い色を帯びている。
「先輩に確認したんだが、お前と円を追い回したというゴロツキのことは、あの人も知らないそうだ」
「……それって有り得るの?」
信じられないとばかりに理恵子が目を見張った。
無理はない。隆惺がいう先輩というのはこのあたりの不良少年隊を個人で制圧して取り仕切るほどの傑物として同年代の間では有名で、この辺りの不良のことで彼が知らないことはないと言われているのだから。
「他所から流れてきたにしろ、あの人の耳に情報が入らないというのは少し考えにくいだろうな」
隆惺の発言に、暖炉の火が消えたのかと思うほどの寒気が三者の間に走った。
理恵子が考え込むように口元に愛用の扇子を閉じたまま寄せる。
「ゴロツキに扮した輩だった、ってことかしら」
「可能性はあるな。あの手の奴らは服装さえ真似てしまえば偽装するのはそう難しくない」
なぜだかあの手の輩は揃いの制服を拵えたがるらしいが、一枚上手の悪人にとっては格好の隠れ蓑にもなるというわけだ。
垣間見える悪意にヒリヒリと喉が渇いて、唾を嚥下する。問う声がわずかに掠れた。
「お嬢様たちはたまたま絡まれたのではなく、あの路地に誘い込まれたってことですか?」
「可能性の話だがな。……しかし、これを補強する二つ目の理由がある。先ほど虎堂たちからあの時間だけ、理恵たちが逃げた経路にあった他の避難できそうな場所が使えない状態になるよう仕向けられていた痕跡があったという報告があった」
思わず、息を呑んだ。そんなことがあり得るのか? だって、それが事実だとすれば、円が気づかないほどの練度による誘導があったということだ。
「そして理由の三つ目だ。先ほどの俺の推理において、触れる意味がないため保留していたんだが……遺体を移動させたのは、単なる隠蔽ではない可能性がある」
「まどろっこしいわ。早く言って」
片割れの急かす言葉をひらひらといなすように隆惺が手を振る。
「はいはい。そもそも、今回の殺人は理恵の遺体を移動させるなんて隠蔽工作をする必要は何もなかったんだよ」
語る紫眼が思考を促すように強い光を宿して、眼前の二人を見据えた。
「殺害後に屋根の雪を落として埋めてしまえば、とても手軽に落雪事故による不幸な死を演出できるのだからな。だが、下手人はそれを選ばず、わざわざ素人にむき出しの遺体を発見させることで華族とのトラブルに思考を誘導し、リスクの高い移動型の隠蔽へと導いた。これは、殺害時の手練れらしい動きとは理屈が全く異なる」
「ふうん。それで怪談を聞いて思ったわけね。『これが理由じゃないか』って」
自分の手柄だと言わんばかりに理恵子が鼻歌混じりで言うのに、隆惺が頷く。
「そうだ。これは遺体を隠蔽したがった手段としての遺体の移動ではなく、遺体の移動こそが本命だった、と見れば必要性が生まれて理由は明白になる」
「その理由が、怪談ですか?」
「そうだ。さらに言えば、これは防火扉での一件と地続きではないかともな」
どういう意味だろうか。下手人が同じという意味とは何かが違う気がして、倖斗は首を傾げた。
そんな従者の様子に隆惺は焦ることもなく補足する。
「もちろん、すでに下手人が同じという話ではないぞ。それはもう解いたからな。今言っているのは下手人の目的のことだ」
「目的……ですか?」
理恵子の命を奪うこと以外に下手人の目的などあるのだろうか。怪訝な顔をした倖斗の頬をぷにぷにと理恵子がつつく。
「殺したいから殺しているだなんて物騒な発想ね、ユキ。私怨ならまだしも下手人候補の怪人とやらは請負人なのでしょう? なら、もっと乾燥した目的があるはず。ねえ隆惺、そう言うことよね」
紫の瞳が穏やかながらに愉悦に弧を描き、従者から片割れへと視線を移す。隆惺は視線を受け取るように頷いた。
「ああ、理恵の言うとおりだ。防火扉の件もまた理恵の首を落とすこと、そして防火扉の鏡仕立てによる怪談を想起させること自体が目的だったと考えれば、わざわざ偽装工作じみたことをしている理由が明確になる……不快な話だが、怪談に準えた連作のための殺害でありその素材として理恵は使われていると見るのがいいだろうな」
苦々しく呟いて隆惺はチラリと理恵子に目配せをする。心得たと言わんばかりに同じ顔がにんまりと笑った。
「残りの怪談を知りたいのね。任せなさい」
次回更新は21時頃です。




