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推理茶会(四)

 普段ならば倖斗の舌は聞き終えると同時に、主人の推理の鮮やかさを讃えることを選ぶ。


 だが、そんな賞賛を送りたがる舌が今日真っ先に乗せたのは、べっとりとついたままの苦味を吐き出すように重々しい声だった。


「利用されたとはいえ……なんとも悍ましい話ですね」


 それは、理恵子の遺体を運んだ商人たちへの嫌悪だった。

 ともすれば、理恵子を殺した仮称【怪人】に対する感情よりもずっと強く、理恵子の亡骸を隠した商人たちのことが吐き気を催す悪人に思えてならない。


 倖斗のそんな所感に隆惺が深々と頷く。


「まったくだ。……で? 理恵。お前はなんでそんな妙な顔をしているんだ」


 隆惺に問われ、きゅっと眉を寄せて何かを考え込んでいた理恵子がその顔のまま首を捻る。


「だって、隆惺の答えだとまだ説明がつかないんだもの」


「何がですか?」


 倖斗からしてみればひたすら人が恐ろしい話だった。それ以外は十分に筋の通った話であったように思うのだが。


 そう思っていた頭は、理恵子の指摘に霧散した。


「氷って周りから融けて痩せていくじゃない。なら、わたくしの傷口を塞ぐ氷なんてものは真っ先になくなるわ。中心に氷塊が残っていくはずよね。そうしたら、ユキが覗き込んだ時にその氷塊が見えたはずよ。けれどそこにあったのは花だけだったのでしょう?」


 おかしいわよ、と不満そうな顔をする理恵子に、倖斗はヒュっと引き攣るような調子で息を吸い込んだ。


「確かに、花しかありませんでした」


 丸く空いた穴から見えたのは、閉じた青い花だけだった。理恵子がいうように、氷なんてものがあればすぐに違和感から気づいただろう。


 隆惺の方を窺えば、少年主人は顔色を変えることもなく「ああそれか」となんてことのないように言った。


「氷は確かにあったよ。残ったままだった。だが、倖斗からは見えなかった。なぜならこの氷は中心から溶けるように細工されていたからだ。……つまる所、最後に残るのは中心の氷塊じゃなく、傷口に凍りついた氷の膜となっていた。傷口までまじまじ見れば話は別だっただろうが、グロテスクな趣味か検視官でもなければそんな場所をはじめに凝視しないだろう」


 淡々と告げる片割れに、理恵子が不満げに頬を膨らませる。


「なら、どうして隆惺はそんなことがわかるのよ。お前は直接見ていないんでしょう?」


「お前の顔の(うろ)にあたる位置にあった花だけが閉じていた。というよりは、萎れていた。あれは塩水を吸ったせいだろうよ。潰れただとか、影になっていたというにはいささか様子がおかしかったからな」


 いつの間にそんなところまで見ていたのだろう。倖斗はつくづく驚嘆するしかない彼の観察眼に舌を巻いて、ただ言葉を反芻するしかできない。


「塩水……ですか?」


「もとはただの塩だろうがな。それを垂氷の断面の中心あたりに仕込んでおけば、融雪剤にも使われることからもわかるように、塩がある場所から先に融けていく。……今日は小春日和だったからな、塩と氷のわずかに融けた水が混ざり合い凝固点が下がるまでにはそう時間はかからなかったんじゃないか? しかも、氷は融けて行く時に周囲の熱を奪っていくからな、すでに熱の追加が期待できない理恵の体に残った熱と血液の熱が垂氷に奪われることになるだろう。そうやって中央だけが早く融けていけば、最後に残るのは傷口に触れていた氷と、それに触れて零度を下回った血の氷となるさ」


 血の氷、という言葉に思い当たる節があった。

 理恵子の炎が噴出する瞬間、わずかに鼻をくすぐった血臭の存在だ。


「だから、血の匂いはお嬢様が燃えるまでしなかったのですね」


 ぽつりと呟けば、隆惺は頷いた。


「氷が融け切ってそれまで止血されていたものが滲み出たのを嗅ぎ取ったんだな。そして氷が融け切ったということは、復活を阻むものは何一つなくなったということになる。故に、お前が血を嗅ぎ取るのと理恵の炎が出るのが同時になった、というわけだ」


「なるほどね。うん、納得してあげる」


 ようやくそういって頷いた理恵子を前に、隆惺は飲み干したカップをぷらぷらさせながらやる気のない猫のような表情を浮かべて付け足した。


「ああ、そうだ。あの路地の雪山をもう一度調べておけ。きっと出てくるはずだぞ。理恵が復活した時に無くなっていると言っていた、気に入りの手巾がな」



 推理劇を終え、茶会はどこまでを公表するかに話題を移す。


 といっても意見はそう割れることもなく、ひとまず『落雪事故』ということにして、それを隠蔽しようとした商家のものたちには今後似たようなことが起こらないよう管理不行き届きとして相当の処分を下すこととなった。


「まったく、面倒なことだよ」


「隆惺ったら……兄様に負担を増やすような提案ばかりするんだから」


「むしろ兄上の仕事もお前の負担も減らしているつもりなんだがな。お前は運が悪いから死自体はそう珍しくないが、他殺となったら皇子の宥めも面倒だろう」


 隆惺はふてぶてしく腕を組んだ。その横顔からは苛立ちとわずかな焦燥が刺すようににおってくる。


(……あ、そっか。お嬢様が復活するのはまだしも、誰かに何度も殺されるのはあまり外聞もよくないのか)


 藤宮の不死身姫の復活。それ自体は一度や二度ならば外敵を跳ね返したとして畏怖の象徴になる。だが、意図した連続殺人の標的になり事実命を落とせば、それは畏怖だけでなく侮りを生むこともあるだろう。


 死んでおらず傷ついたことすら無かったことにして生き続けているのならば、別にいいじゃないか。そう考える痴れ者は存在するのだ。


 真っ当な人間ならば怒るだろうが、多くは自分に関係ないこととして静観を保つだろうし、世の中真っ当な人間だけでできているわけではない。特異を畏怖に保つためにも、藤宮の次男として隆惺は悪意も思考に入れて動かなければならないのだろう。


(坊ちゃんはそういう人だ)


 常に倒れてもおかしくない体であるというのに、求められれば名探偵として身内のために隆惺は動き続けている。

 自称平和主義者として美しいものを美しく保ち、愛すべき日常を守るために。


 愛しい家族が笑って過ごせる日々に翳りを産まないために。


 それをこれまでも彼はやってきたのだろう。倖斗が気付けなかっただけだ。

 今気づけたことにほんの少しだけ自分の成長を感じながら、倖斗はチラリと時計を見上げた。


 そろそろ、双子は夕食の時間だ。

次回更新は16時過ぎです

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