推理茶会(三)
「同一犯では……ない?」
倖斗が瞬いた。思ってもいなかった話だったのだ。
紫眼が笑いを含んで細められた。
「理恵を運び出したのは理恵子が隠れた路地の、垂氷のなかった方の軒の持ち主だろうな。円が電話を借りた商家と合致していたはずだ。垂氷を落とした犯人が使用人にでも化けて店の旦那に囁きでもすれば、簡単に隠蔽に利用できただろうよ」
特に指示をする必要すらなかっただろう。そう告げる声は、先ほどよりも苦々しい。
「指示もせず、隠蔽に加担させることなど可能なのですか? 通報しそうなものですが」
「店がそこそこの規模だったからな。理恵の着物をみれば目利きならすぐに家の格はわかる。あるいは、円の電話口の会話を盗み聞きしていたか……円なら家名までは出していないだろうが、車を呼びつけるような家はそうない」
そこで、あっと倖斗は思わず声をあげた。
「もしかして、円をここに呼ばなかったのって、その可能性があるからですか?」
「ああ」
盗み聞きをしたものがどう考えても悪いが、円の性格を思えば過剰な自責の念に駆られる懸念がある。彼女はじきに藤宮での女中勤めを終えて嫁に行くことを思えば、隆惺が不要な後悔をさせるつもりがないように考えるのは当然と言えば当然だろう。
それを誇るわけでもなく、隆惺は話を軌道修正する。
「そんないいところの子女が自分の店の裏で死んでいたなんて、あまりにも外聞が悪い。おまけにあの店は成り上がるために色々悪どいこともしてきたようだからな」
頭痛を堪えるようにこめかみをもみほぐし、隆惺がカップを手に取る。飲み過ぎを注意しようか一瞬迷って、譲らないだろう眼差しに倖斗は渋々紅茶を注ぎ直した。波打つ琥珀色の水面に漂う香気を楽しんだ隆惺の眉間の皺が僅かに浅くなる。
「保身に走った人間というのは恐ろしいものだ。大人しく通報すれば事故として穏便に処理されただろうに、とっさに隠すことを思いついてしまったのだろう……さて、倖斗。路地に変化があったのは覚えているな?」
少し考えてからはっとする。
「僕を連れて戻る前はなかった雪山が、突き当たりにできていたと、円が言っていましたね」
「そんなものがあったの? わたくしが隠れていた時はそんなものなかったわよ」
円の証言通りの言葉に、隆惺は「だろうな」と短く頷いた。
「円が理恵の付き人であることを察した商家の面々は、あの子が路地に戻るまでに死体を運び出した。花畑への道にあった轍は蹄の跡を踏んでいたから、馬にでも荷車を引かせたんだろうな」
花畑の脇に深々と跡が刻まれていた。と吐き捨てるように隆惺が言う。それはどう考えてもおかしいことだ。
朝まで雪が降っていたような日に馬車で花畑へ行き、そのくせ奥まで進むことなく折り返して慌ただしく戻ったのが目に浮かぶような痕跡は、犯行の隠蔽どころかありありとやましいところがあると示していたに違いない。
忌々しいという感情が隆惺からにおい立つ。
「倖斗とガウが嗅ぎ取れなかったのだから、密閉度が高いもの……大きめの樽か何かに理恵を入れて運んだのだろうな。血が出ていたならば付着した雪ごと。そして周囲の雪を均す。それから空樽を周囲に積んで荷物の運搬中ですよと言わんばかりの顔で花畑へと向かい、樽から水でも撒くように理恵を投げ捨てたんだ。だから通りから少し離れた位置に、他の花を潰すことなく理恵の体はあった」
理恵子の体重は軽い。大人の男が二人いればそう難しいことではないだろう。
勢いをつけて投げ出された細い体が弧を描いて花畑に落ちるさまを思うと、なんとも気分が悪い。
「奴らは理恵を運ぶ傍ら、円がその場に留まらないように仕向けた。留まる時間が長いほど運ばれたと気づかれるのは素人でもわかるからな。例えば、電話を家人に使わせた。そうすれば円は助けを求めるためにその場を去らざるを得ない。重ねて、こちらとしては腹立たしいことに花畑と藤宮の屋敷は正反対の方向だからな。奴らの馬車が帰ってくるのと円が鉢合わせる心配はない」
悪運が強いとはこのことだろう。隆惺の顔が秀麗さを台無しにするほど嫌悪に歪む。口にする端から舌が腐りそうになるのを堪えているように、少し言葉が早口になっている。嫌なことはさっさと終わらせたいのだろう。
「あとは使用人たちに、『出かけている間に路地の垂氷と雪を片付けておけ』とでも命じればいい。大抵の場合、屋根の雪を落としてから地面の雪を処理するからな。そうすれば事故が起こったという痕跡自体が消えてしまう」
「あ、それであの家だけが雪を下ろして……」
「そういうことだ」
帰路に確かめてきた景色を思い出して呟けば、首肯が返った。
理恵子が消えたあの路地以外はどこも雪下ろしをせずとも済む程度の雪しか、軒には積もっていなかった。あの家だけが特別雪が多かったとも思えない以上、それはよくよく考えれば奇妙な光景だ。
今日は朝方以降は雪が降らなかった小春日和といっても、理恵子が消えてから倖斗が帰路に着くまでの間に融けてしまったとも考えにくい。円が倖斗の元に駆け込んできたのは三時少し前だ。いくら今日が暖かいといってもそこから気温が上昇することはまずない。
「店の奴らの予想外はいくらかあっただろうが、決定的だったのはおろした雪が路地の奥にやられてしまったことだろうな。使用人に詳しいことを説明なんぞできなかったからだろうが、これは俺たちにとって不幸中の幸いだった」
倖斗の脳裏に、路地裏の記憶が蘇る。理恵子の香りは、確かに奇妙な形で閉じ込められていたのだ。
「もしかして、あの雪山が内側に行くほど残り香が強かったのって、最初にお嬢様が隠れていたところの雪を内側に閉じ込める形になったから、ですか?」
「おそらくな。目に見える血は回収できても、まさかお前ほど嗅覚の鋭いものがいるとは思ってもいなかったのだろう。……天網恢々。悪いことはできないということだ」
ぐ、と隆惺が力の入っていた背筋をほぐすように伸びをする。おおよそを語り終えて気が抜けたとでもいうように、やる気のない猫のような常の表情が亜麻色の前髪の下でしぱしぱと瞬きをした。
「この後、理恵の肉体に起こったことは先に語った通りとなる」
顔を垂氷に刺し貫かれ絶命した理恵子の体はすぐには回復できなかった。不死鳥の炎は現世のものを燃やすことはできないがゆえに、少女の遺体はあの瞬間まで花畑で眠り続けたのだ。
「これが、俺の考える真実だ」
次回更新は12時過ぎです。
更新ペース実験中につき本日も5話ほど投稿します。
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