推理茶会(二)
「路地で何があったか、だが」
カップの底に溜まった砂糖を追加の紅茶で溶かしながら隆惺が語り出す。
「まず、状況を一度整理しよう。理恵と円は不良に追いかけられ、路地に逃げ込んだ。そして円が迎えの車を呼ぶ間はそこに隠れていた理恵が死亡し、遺体はそこから車で十五分程度の場所にある花畑で見つかった」
そこまではいいな。といい、隆惺は再びカップを傾けた。随分としゃべったので喉を水分と糖分で癒したかったのか、作法を無視した勢いで琥珀色の液体が一気に飲み干される。
「では、暴漢が理恵を見つけ出し無惨に殺したのか? もちろん、あり得ない」
かちゃん、とソーサーにカップが置かれた。朗々とした隆惺の声が続く。
「理恵の記憶にないと言う点。理恵の大立ち回りの目撃証言が通りの誰からも出なかったと言う点。何より円の索敵範囲内でゴロツキごときが異変を悟らせることのない無音での殺傷を行えたわけがないと言う点。この三点が暴漢との遭遇説を否定する」
「お嬢様、虎堂さんに合気習っていますものね」
「そうね。大抵のものなら投げられるわ」
理恵子の身体能力は常に不死鳥の炎により活性化されており、生来の運動神経も優れている。危機意識がないということを加味せず動き出しだけを比べるならば、その速度は倖斗にも勝るだろう。その上、理恵子には赤の他人をころばせることへの抵抗感というものが存在していない。
流石に実際に立ち回るとなれば武術を本格的に学んでいる身としてやりようはあるが、力任せのゴロツキではしなやかに動き回る彼女を捕まえることすら困難に違いない。
さらりと人を投げる仕草をして見せる片割れに、隆惺がゲンナリとした顔をする。
「だろうな。お前はそういうやつだ」
「もう、そんなに褒めないでちょうだい」
「照れるな。自分の命を大切にしろ」
頬をわざとらしく抑えて照れた顔をしてみせた片割れに隆惺が呆れたように半眼になった。
ひとりでいるところを襲われて命や貞操が危ない、となった時に泣いて助けを待つようなか弱さを理恵子は持ち合わせていないことなど今更だがそれはそうとして気に入らないと言ったところだろうか。
話を戻すぞ、と隆惺がため息混じりに告げた。
「ゴロツキにしろ、第三者にしろ、何者かによって花畑へ拉致されてそれから殺された? いいや、それはない。花畑の花は理恵子が倒れていたところ以外、まるで折れていなかった。仮に花畑で一悶着あったならばもっとあの場所が荒れていたはずだ。その痕跡がない状態であの路地から一直線に辿れたということは、倖斗たちが探していたあの路地こそが死亡の現場と見て間違いない……では、何が理恵の命を奪ったのか」
紫の瞳が問うように倖斗をじっと見た。そして察する。
「ここで垂氷が出てくるのですね」
「ああ」
微かな頷きを返し、隆惺は肘掛けにギイッとだらけるように体重をかけた。
「昨日の朝はここ一番の冷え込みでそれまでの寒の緩みの反動も手伝い、どこも垂氷が大層大きくなっていた。その上で午後になった途端の小春日和だ。雪が垂氷ごとずり落ちる危険性はある」
「でもそれじゃあ、やっぱり事故じゃなくって?」
どこか不満そうに理恵子が言えば、隆惺が呆れたように気だるげにゆったりと瞬く。そろそろ疲労が溜まってきたらしい。
「お前、自分が先日どうやって殺されたかもう忘れたのか?」
「どうって……防火扉に挟まれた風を装った斬首……ああ、なるほど。これもまたその手の偽装殺人と言いたいのね」
自身の首を指で示しながら答えた理恵子に、隆惺は頷いた。
「確かに垂氷が落ちる可能性は否定できない。だが、それを考えた上で隠れていた上に、実際に落下したなら円が音に気づかないはずがない。だからこそ断言できる。何者かが理恵子の真上に垂氷を落としたんだよ」
忌々しいと言わんばかりの炎のようなゆらめきが隆惺の紫眼に宿る。
「理恵の顔が貫かれていたのも、作為の証明だ。運悪く落下してきただけならば、その時理恵は真下を向いているか真上を向いているかしなければならない。だが、見上げていたならば垂氷が落ちてくるのは見えただろうし、お前に俯く趣味はない」
「そんなこと……あるわね。有事に視野を狭めるような趣味はないわ」
「だろう? ならば、起きたのはこういうことだ」
隆惺がゆるりと長い足を組んだ。
「路地に隠れた理恵を背後から何者かが昏倒させ、その後垂氷の真下に配置した。ひと気のない路地だ。音さえ立てなければ発見はされない。そして丁度良い大きさの垂氷を切り離し、落下の勢いを使って頭部を刺し貫いた。倖斗が見た穴の大きさから見るに、相当大きく育ったものだったようだから硬度も重量も申し分なかっただろうよ」
「円が気づかなかったのはなぜかしら」
「地面の雪が消音材代わりになった……とも考えられるが、理恵の背後を取れる時点で手練れだったと考えるべきだろうな。落雪の音がすれば流石に気づかれただろうが、そんなへまをする相手ではないということだろう」
隆惺はさらりと言っているが、それは凄まじい手腕だ。
物が落下する音というのはそう易々と殺し切れるものではない。単純な身体能力や技量だけではなく、よほど特殊な切り離し方ができる特殊な得物を使ったのだろうか。
「随分切れ味のいいもので切ったのね」
理恵子の問いに、隆惺が首肯する。
「ある方向になら割った方が効率的とも聞くから、単純な切れ味かはわからんが……この場合は鋼糸かなにかだろうな。おそらく、防火扉の所でお前の首を切ったのと同じものだ。手口もよく似ている。そしてそんなものを使えるものはそう居ない以上、前回と同一人物であり、ほぼ間違いなく殺しを生業にしている輩だろう」
「ふうん。玄人ってこと?」
「ああ。たしか幾らかの報酬でそうしたことを実行する者が後ろ暗い連中の中で噂になっているらしい。【怪人】とかいったかな」
「けったいな名前ね」
愉快そうにころころと理恵子が笑う。自分の命が絡んでいるとは思えない態度はもう諦めたのか、ゆるりと隆惺が肩をすくめた。
「腕はいいらしいぞ」
「待ってください」
死に方について話し込みはじめた二人の間に割って入るようにして、倖斗は硬い声をあげた。
「それだけでは、お嬢様の亡骸の移動には説明がつきませんよね」
隆惺がニヤリと笑う。よくぞ気づいたと言わんばかりだ。最近の隆惺は倖斗が自発的に疑問にたどり着くたびにこんな顔をする。
「今回のことは、失踪と死に直接的な因果を求めるべきではないんだ。理恵子を殺した者と運んだものは、同一犯ではないからな」
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