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推理茶会(一)

「結局、今回のわたくしの死はどういうことなのかしら」


 茶請けとして用意したステンドグラスクッキーに手を伸ばしながら、理恵子が問う。


「少々ややこしいから、説明しやすいものからいくか。まずは蘇生のタイムラグについて」


 淹れ直した紅茶に砂糖をざらざら入れながら、隆惺は語り出した。


「俺たちがたどり着くまで警鐘は鳴らなかった。つまりあの瞬間まで理恵は祖の炎を使わず、蘇ってすらいなかった。これはいいな?」


 問いにその場にいたものがそれぞれに頷いた。


 先祖返りの力に反応して警鐘は届く。

 だが、蘇っていなかったからといって、駆けつけるまで彼女が生きていたと考えるには無理がある状態であったのも確かだ。


「あの花畑には僕ら以外誰もいませんでした。僕と円とガウ、それぞれがそう確認した以上確かです。お嬢様があの瞬間に亡くなったというのは……考えにくいですよね?」


「そうだな。あそこは周りに林があったとはいえ距離があったし、遮蔽物もなかった。その上あの死に方だ。俺たちが駆けつける寸前で理恵に何かがあったとは考えにくい。だが、不死鳥の銀炎は確かにあの瞬間にあがった。ならば、考えるべきは『なぜ蘇りが遅れたか』だ。……蘇れない時の条件は二つ」


 言いながら、隆惺が二本の指を立てた。


「ざっくりと言えば、『確かに死んでいるが、そこが安全ではなかった』と『中途半端に生きていて、けれども意識がなかった』という状態だ。それはいいな?」


 隆惺は周囲の頷きを見て、まず一本めの指を畳んだ。


「『中途半端に生きていた』というのはわかりきっているが、今回はあり得ない。顔から脳までガッツリ穴あきだ。あんな状態で生きていられるほど俺の片割れは化け物じゃない。先日の防火扉の時の方が例外事由だということは認識し直しておけ。あの時は血を下敷きにしたくせに障害物があるとかいう妙な状況で、炎が薄皮一枚繋がっていたから起きた滅多にない例だ」


 顔面に空いた穴からは下敷きにした花が見えていた。多少頭が欠けても生きていたという事例はあると聞くが、脳幹をほぼ丸ごと貫通するような傷を負えば即死は免れないだろう。


「故に、考えられるのはもう一つの『そこが安全ではなかった』だが、これが問題だ。先ほど倖斗が言った通り、何より俺たち自身があの瞬間あの場に他の人間がいなかったことを知っているのだから」


 あの場で直前まで殺傷行為が行われていたとしても、下手人が逃げ切るような時間はない。それは誰が見ても明らかなことだった。


 確実に理恵子はあの瞬間は死んでいて、同時にあの瞬間まで蘇りの兆しさえなかったのだ。


「では、何が復活を妨げ、安全ではないと思わせたのか。思い出すべきは、やはり防火扉で事切れた理恵だ」


 炎はわずかとはいえ届いていたのに、復活できなかった。


 記憶の糸を引っ張るように、隆惺が言葉を繋ぐ。


「お前は死んでも復活できる。だが同時に、死んだからこそ復活できるとも言える。どう考えても事切れるような事例であっても、半死半生の場合は意識が落ちてしまえば復活しきれないと防火扉の一件で確定した。そしてもう一つ、復活を阻害するものの有無も安全圏のうちに含まれることもまた同じ」


 あの場面において即時復活できなかった理由は、下手人がそばにいたこと以外にもう一つ、胴と頭が寸断され、理恵子の肉体を回復させる物理的な接続が不可能であったことだ。

 それを確認するような隆惺の言葉に、理恵子が頷いた。


「そうね。わたくしの炎は現世(うつしよ)のものを焼けないもの。今の不死身では扉の隙間から灰になってすり抜けるなんて細かな制御まではできない以上、仮にもっとはっきり意識が戻っていたとしても、あの状態で燃えようとは思わなかったでしょうね」


 不死鳥の炎が焼くのはその血が流れるものの肉体だけだ。ダメージを受けた箇所を燃やすことで、その肉体にとってもっとも健常な状態へ再誕させる。当然、通常の炎のような燃焼作用はない。


「ああ。俺たちにとってはそれが普通だな。だからこそ数え損ねてしまって、見落とした。復活を妨げるものには『復活の余波でも除去しきれない異物』も含まれているということをな」


 復活の余波とは、不死身の復活の際に体内に混入した異物は小さなものであれば肉体が再構築される際に弾き出される作用のことを言う。塵や砂などの些細な異物でも体内に取り残されれば大きな害になりかねないが、そんなことは藤宮には起こり得ない。


 不死鳥の炎による回復は、損傷の中央から順に治っていくからだ。


 例えば、完全な死亡時は死した肉体全体を損傷と見做し、全身を一度燃やし尽くして回復する。そうすると心臓や骨の髄、脳幹から復活し、肉付き、表皮と体毛が整えられて終いとなる。蘇生中は炎で守られているので新たな異物を体内に閉じ込めてしまう心配はない。全ては瞬きの間に済む。故に、意識することはまずない。


 間違ったことは言っていないが、隆惺の言葉には大きな疑問が残る。理恵子が怪訝な顔をした。


「防火扉と同じような、弾き出せないほどの異物が体の中にあったとでも? でもお前たちが見て気づかないようなものでしょう?」


「ええ。確かに僕も動揺していましたけれど……流石にそのようなものがあれば気づくと思います」


 理恵子の疑問はもっともだった。小さなものならば弾き出せると言う前提と、間近で見た倖斗が気づかないような取り除けないものが存在したと言う話は矛盾極まる話だ。

 だが、隆惺は自信を崩さない。


「あったんだよ。俺としてはそのぐらい諸共焼き払ってくれればいいものをと思うんだが……まあ、身体機能にそのような文句を言っても仕方がない話か」


「もう。焦らさないで早く教えてちょうだいな」


 一人納得する悪癖を咎めるように、理恵子が手を伸ばして隆惺の眉間のしわをぐりぐりと伸ばしながら問う。「やめろ。言うから」と手を横にずらして、藤宮の名探偵はゆるりと口を開いた。


「氷だよ。氷が傷口に密着していたから体が『除去できない異物がある』と判じてお前の傷の回復を遅らせたんだ。不死鳥の炎は現世のものを燃やせない、つまりは熱を持たない炎だ。そうなれば、氷を溶かすこととてあの銀炎は溶かすことはできないのは道理だろう」


 理屈は倖斗にもわかった。だが、肝心の疑問が残る。


「氷? なんでそんなものが?」

「……もしかして、垂氷かしら」


 考え込んでいた理恵子がポツリと呟いた。遠く記憶を手繰るようなその言葉に、隆惺が炎熱を帯びた紫の瞳を向ける。


「何か思い出したのか、理恵」


「いいえ。ただ、隠れたあの路地には大きな垂氷がたくさんあったって覚えているわ。もちろん、万が一がないように頭上は確認していたのだけれど」


 もしかしたら、と呟く理恵子の顔に珍しく申し訳なさそうなにおいが重なる。

 仮に理恵子の今回の死が垂氷の落下事故であれば、いくら配慮していたとはいえど確認不足の咎を護衛役の円は多かれ少なかれ問われることになる。それが頭によぎったのだろう。


「垂氷がただ落ちてきた……のでは、ないですよね?」


「いい疑問だ。では路地で何があったのかを紐解くとしよう」


 素直な疑問から首を傾げた倖斗を見て、隆惺が満足げに口角を上げた。

次回は21時頃更新です。

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