予言獣・くだん
「それにしても、ここで予言獣が出てくるか……」
ロッキングチェアに移った隆惺が亜麻色の髪を鬱陶しげに掻き上げながら天井を見上げつぶやいた。そんな片割れの様子に理恵子が紅茶を置いて首を傾げる。
「隆惺、予言獣がどうかしたの?」
問いに体を起こした隆惺がポケットから懐紙を取り出した。何度か折られたそれを広げれば、見覚えのある紋様が描かれた藁半紙が姿を現す。
「これは、倖斗が防火扉の横で拾った妙な紙なんだがな」
「そういえばありましたね。こちらが予言獣と何か関わりがあるのでしょうか?」
改めて見ると、梅に似ていると言われれば似ているが違和感がある紋様だ。
倖斗の疑問に同調するように理恵子が隆惺に問う。
「華族が使う紋の中にはないわよね。なんの花?」
「鎌柄だな」
「鎌柄……ってあの頑丈な植物ですよね?こんな花が咲くんですか?」
藤宮の庭園や豊葦院には植えられていないが、頑丈な植物として実務作業で使うことのある名だ。使う時には花など当然咲いていないとはいえ、知っている植物の名に倖斗は目を瞬かせた。何かもっと、得体の知れない名前が出てくるとばかり思っていたので妙に拍子抜けしてしまう。
「ああ、そうらしい」
「らしい、ってことは誰かから聞いたの? 紋を覚えていないなんて隆惺にしては珍しいじゃない」
曖昧な隆惺の頷きに、理恵子が怪訝な顔をした。そんな片割れの言葉に、隆惺が浅く息をつく。
「流石の俺も、現在使われていないものまでは覚えていない。全能じゃないんだぞ」
「あら。そんなもの誰が知っていたのよ」
確かに、と倖斗も声を出さぬまま首を捻った。倖斗の知る限り隆惺以上に多様な書物を記憶している人間はそういない。専門家ならば話は別だろうが、この紋を見つけた状況を思えばおいそれと藤宮の外に相談できないはずだ。
「丑前田家が保存している文献の中に見つけたと頼子が持ってきた。それによれば、この花はかつて丑の系譜から追放されたとある予言獣のが署名がわりに使っていたとある。追放後は独自に一族を名乗って存続していたらしいが……先の改革よりも前に断絶したことで公的な記録から溢れたらしい」
「なんて一族なの?」
理恵子が楽しげに問う。
隆惺が呆れ顔を浮かべた。深刻な口調に対するものとは思えないあまりの気楽さであるから当然だが、理恵子がこの調子なのはいつものことだと諦めたように少し声の滑らかさを落としながら説明が続く。
「鎌柄は別名を牛殺しという。頑丈さから家畜の牛の鼻輪に使われてきたことに由来するそうだが、その言葉の不穏さのみをとってこの一族は己らに当てはめた。厄災を告げ、そのまま死にゆく短命なるもの。牛に似ながら重ならない異形をもつ【予言獣】としてな。……名だけなら、お前たちも一度は聞いたことがあるんじゃないか? 史学で大きく取り扱われるほどの大地震を予言したことで認定を受けた一族だからな」
喋りすぎて顎が痛むとでもいいたげな仕草で一度口元を吸ってから、隆惺がその名を告げた。
「【予言獣・くだん】……とうに絶えたはずの、命を対価に厄災を告げる異形の牛だ」
由緒ある予言獣が警告を発しにきた倖斗が発見していた、もはや存在しないはずの予言獣の紋。
その奇妙な符合の不気味さに、倖斗が小さく息を呑む。隆惺は冷めた紅茶を傾け、理恵子は口元にうっすらと笑みを浮かべたままテーブルの上の紋を見下ろす。
談話室に小さな沈黙が落ちた。
ぱちん、と気を取り直すように隆惺が手を叩く。
「ま、【くだん】がどうあれ、まずは今回の理恵の死を解くとしようか。時間は有限だからな」
手がかりが紙ペラ一枚しかない以上、これ以上話し込んでも成果はない。
隆惺のその言葉、どこかどろりとした不気味さに支配されそうだった場の空気と意識がゆるりと切り替わった。
紅茶を淹れなおそうと立ち上がった倖斗が、ただなんとなく藁半紙を半分に折り畳めば、不気味な空気はその間に折り込まれたように消えた。
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