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十二の獣と予言の獣

 帰り着いた倖斗は、玄関で出会った丑前田から言伝を聞いて談話室に向かった。


 入室すればそこにいたのは理恵子と隆惺だけで、円や虎堂の姿はない。今日のことを話すのではなかったのだろうかと思いながら紅茶を淹れる準備をする。

 双子の日課であるお互いの認識のすり合わせる小さな茶会。その支度は倖斗の役割だ。


 準備を終え、まず手短に倖斗は帰路で出会った美琴について報告した。いかにも意味深な忠告ももちろん含んでいる。予言獣の言を軽視して事態が好転した例は歴史上どこにもない程度の常識は倖斗にもあるのだ。


 一通り話し終えた頃、理恵子が紅茶を一口飲んでほうっと息をついた。


「美琴に直接会えたなんて、珍しいことよ。あの子、手紙を送りつける方が多いから」


 そんなことまで知っているのか、と倖斗は静かに目を瞬かせる。

 予言獣は噂の広範さとは裏腹に実像を知るものはそう多くない。倖斗も知っているのは最低限の知識の他には歩き回る影のような噂ばかりだ。


「その、【予言獣】って結局どんなものなのでしょうか?」


 実際に遭遇した以上思いこみで報告し損ねがあってはいけないと聞けば、驚いたように隆惺が目を瞬かせた。


「なんだ。教えていなかったか」


「不勉強で申し訳ございません」


「よい。まあ、行き合わなければ一生会わないこともある類だからな」


 軽い咳をした喉を紅茶で宥めてから、隆惺が口を開く。


「【予言獣】というのはまあ、明け透けに言えば、未来を告げる獣の血を引く一族。特にその中に生まれる先祖返りだな。代表例で言えば神社姫、アマビコ、クタベなどがいる」


「クタベ……?」


 神社姫は先ほどあった美琴であり、よく災害の歴史で名が出てくる【巳】の流れを汲む予言獣でもある。アマビコはどの一族のものかは公表されていないが、半年前に起きた奇病騒ぎを予言したことで知られている。どちらも常識の範囲だ。だが、クタベというのは聞いたことがない。


「クタベは【丑】の流れに稀に生まれる予言獣だ。他の予言獣とは違い一族ではなく個人に称号が帰すのが特徴だな」


「丑……ということは、丑前田さんの生家が所属している一族ですね」


 脳裏に先ほど玄関で見た丑前田の親しみやすい印象のある丸っこい顔が浮かぶ。


「ああ。丑の一族が藤宮や加賀見と同じ十二家の一つなのは知っているな」


「もちろんです」


 十二家とは、現在の皇家の祖である神様に直接仕えていた十二の特別な獣を源流に持つ家々のことだ。長い年月の間にさまざまな派生を繰り返し、巨大な木のようになった家系図は辿るのも馬鹿馬鹿しいほどで、市井に下る形の分派をしている家もある。

 だが、直系血族の大半は今も上級華族として爵位を戴いている。


 加賀見はそのうち【巳】の流れを汲み、藤宮もまた【酉】の流れを汲む十二家の直系だ。


 そもそも、皇の藩屏としての矜持の強い十二家は血統を強く保ち、それゆえに先祖返りも生まれやすいと聞く。故にクタベが十二家の一つである丑の家に生まれることに疑問はない。

 だが、他の予言獣との違いが腑に落ちなかった。


「でも、なぜクタベだけ予言獣の称号が個人に与えられるのですか? 華族ならばそのような立派な称号は一族に帰する方が良いように思うのですが」


 そういうものだろう。未来の情報を握る一族などという称号は華族においてはいい箔付になるのだから。

 だが、隆惺はゆるく首を横に振った。


「分派させて名乗らせるだけ、無駄だろうからな」


「無駄とは?」


 先祖返りは言葉の響きからも分かるとおり、先祖にいればいるほど因子は発現しやすくなる。有用な先祖返りはより発現しやすくなるために分派させるのは華族ならばそう珍しい話ではない。

 それが無駄とは、どういうことなのだろうか。


「千年ほど前に記録されていることだが、クタベがはじめて生まれた時には丑の一族も慣例に乗っ取って分派させたらしい。だが、その翌年分派させた系列とは遠く離れた別の家系からクタベが再び生まれた。偶然かと思ったが、分派させるほどに別の家系に生まれてついには丑の一族の中にクタベの家系が百を超えてしまったんだよ」


 傾げていた首が、冗談のような内容に力が入って軋んだ。


「冗談ですよね?」


「本当だ。だからもう丑はクタベの血を集めることは諦めてなるようになれと放任することにしたらしい。詳しいことはあとで頼子にでも聞け」


 そう言って丑前田に全ての説明を放り投げた隆惺に少々の呆れを覚えながら、倖斗は自分の疑問でだいぶズレてしまった話の軌道修正にかかった。


「他の予言獣は、きちんと血統に則って生まれてくるのですか?」


 個人に帰することがクタベの特徴になるということはそういうことなのだろうが、念の為確認するように問えば、隆惺からはなんとも曖昧な頷きが返ってきた。

 一体どうしたのだろうかと思っていれば、今度は理恵子が口を開いた。


「予言獣の家系はそもそも胡散臭いところが多いのよ。一度でも予言を的中させる者が出たら『生まれる可能性がある』として認定を受けられるから。まあ、有名どころ以外はほとんど名ばかりだと思っていいわね。……あ、もちろん、美琴のものは信じて大丈夫よ。あの子は加賀見宗家の当代だもの」


 信じてはいけなかったのだろうか、と一瞬よぎった不安が表情に出ていたらしい。さっとつけ足された言葉にほっと息をつく。


 あの緊張感が偽物な訳はないと思っていたが、感情を揺さぶられたことが無駄ではなかったことに安堵する。安堵していい内容ではなかったというのに、主からの肯定があるだけで随分受け止め方が違う単純な自分に自嘲が漏れそうになる。


 そんな倖斗に気づいていないのか、あるいは見逃してくれているのか。隆惺が補足するように紅茶で潤したばかりの口を開いた。


「加賀美家はかなり古いからな。流石に皇の一族やうちほどではないが巳の流れを汲むものとしても最古参に入るし、国の吉凶を当てた予言獣を複数人出している。本人希望で秘密とされているが、アマビコも確か加賀見の傍流だ。……それにしても、あの娘が加賀見当代だったのか。流石に知らなかったな」


「あの! 当代、というのは?」


 最後は半ばひとりごとのようになって思考の淵に沈みかけた隆惺を慌てて捕まえるように質問する。隆惺の紫の目がゆるりと倖斗を映した。


「当代は加賀見で予言獣・神社姫を名乗ることを許されたものに敬意を払って呼ぶ名称のようなものだな。華族の間での暗黙の了解に近いが」


「敬意?」


 倖斗からしてみれば華族の面々は皆敬意を払うべき相手だが、隆惺たちから見ても敬意を払うべき貴人であるのだろうか。


「加賀見家は予言の力を持つ先祖返りでも一定の基準値を超えなければ予言獣とは認めない独自の掟を有しているんだ。その中でも神社姫の称号は加賀見の始まりとされる祖の名前に由来するが故に、その名を背負うに足る能力が認められなければならず、その代にひとりだけ名乗ることが許される。その凄まじさには敬意を払って然るべきだろう?」


「……そんな方が、僕に会いにきたのですね」


 わけもわからぬまま告げられた託宣の重さが胸の内でさらに増す。

 一体どんな選択が自分に待ち受けているのか、二者択一を迫られるとするなら、その対象となるのはなんなのか。


(僕が選ばなくてはならないもの? そんなの……お二人以外にあるだろうか)


 友人と呼べる存在は多くはないが皆無ではない。だが優先順位など初めから決まっている。

 決まっている、はずだ。


 だって、あの日倖斗はすでに彼らを選んだのだから。


 硬い意思とは裏腹に、どこか胸の奥で嫌な予感がチリチリと焦げ付いていた。

次回更新は15時半頃です

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