表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/66

不死の花が咲くまであと何秒

 隆惺に命じられたまま土と花の匂いを追ってたどり着いたのは、理恵子が失踪した場所から二十分ほど歩いたところにある小さな花畑だった。

 まるで季節を忘れたように、早咲きの野花が背の高い杉林に隠されながら咲き誇っている。


「冬なのに、花がこんなに……」


 思わず感嘆をこぼせば、背中からげんなりとした声がした。


「お前ら本当に足が速いな」


 長々と歩いて探し回っては日が暮れてしまうため、やむなく背負われた隆惺だ。

 壊れ物のようにそっと降ろせば、一歩も歩いていないというのに青ざめた顔でぜぇぜぇとした呼吸音を立てている。

 そんなに速かっただろうか。ガウとの駆けっこと同じ程度の速度しか出していないのだが。


「大丈夫ですか、隆惺さま」


「ああ、ありがとう」


 これまた余裕そうな円に差し出された飲み物を口に含んだ隆惺がほっと息をつく。


 乗馬は平気なのになあ、と傾げた首をガウと見合わせていれば、風がふと香った。


 追ってきた泥の匂いに花のにおい。それに沿うようにして嗅ぎ慣れたもうひとりの主の香りが倖斗の鼻に届く。


「……お嬢様?」


 隆惺を円に任せ、ふらりと足がそちらに向く。


 花畑を貫くような小道から少し外れた、何者も足を踏み入れた形跡のない花の合間。少しぬかるんだ陽だまりのその奥に。


 着付けた覚えのある友禅の裾が見えた。


「お嬢様!」


 這いつくばりながら花をむしるように掻き分ければ、理恵子の仰向けになった体と横顔が見えた。ほっと息をつき、再度呼びかけるために横たわる体の隣に膝をつく。


 そして、安堵は戦慄へと塗り変わった。


 息が止まった。もはや叫びすらでないほどに血の気が引く。頬の筋肉が硬直し、喉がひきつれた音にならない音を溢す。


 それでも何か言わなければ、声をかけなければと思う心が何とか導き出したのは、見たままの光景を飲み込み損ねて消化できないままえずいたような、無様な言葉だった。


「顔、が」


 唇が震え、声の端が潰れた。


 目の前の光景が信じられなくて、ぎゅっと強く目を瞑り、開く。それでも変わらない理恵子のその姿に、眼球が乾くほどに見開いたまま瞼が閉じることを忘れる。


 ――覗き込んだそこには、大きな穴があった。


 右目のすぐ上から鼻梁、頬の中ほどまでがぽっかりと抜け落ちて、存在しない。頭の真下にある青い花は周囲の咲き誇っているものと同種の雪割草だろうが、まだ花弁は閉じている。


 いくつかの水滴をその小さな体につけたまま項垂れるその姿は、理恵子の死を嘆いているようですらあった。


「お嬢様、起きてください」


 声が震えた。ぐらりと視界が揺れる。肩を揺さぶろうとした手は冷たく、関節が固まってしまったようにうまく動かないまま無為に空を泳ぐ。


 理恵子は死なない。必ず起き上がって、夜が開けるようにまた笑ってくれる。そう信じる反面、その虚にも似た顔面の穴は見るものの正気を吸い取るように未だ口を開けたままだ。


 鈴の音はしない。警鐘は鳴っていない。


 それが理恵子の銀炎が燃え上がる気配がないということだ。それは、不死鳥の因子が動いていないということだ。


 復活するために必ず吹き上がる不死鳥の炎がないまま、理恵子の体は野晒しになっている。

 先の事件のようにうっすらと炎を纏い、常ではありえぬ姿でしゃべるような真似すらせず沈黙を保つその姿は、死体以外の何者でもない。


 吸い込んだ空気の中に滲む花と水のにおいが嫌に清らかで、冷たくて、徐々に現実が倖斗の脳に染みていく。


 眼前の光景に白くなりかける思考を不意に吹いた風が拭う。椿のような、朝のにおい。


 ――隆惺のにおいだ。


 ぱしんと頬を叩く。今ここにいるのは倖斗ひとりではない。


「坊ちゃん! お嬢様がっ」


 もはや周囲に敵はなく、確実に理恵子は事切れている。だというのに理恵子が蘇らない。その異常を伝えようと、倖斗がもう一人の主人を振り返った。


 その瞬間。


 血の匂いが滲むと同時に銀炎が咲き、警鐘が声高に叫んだ。


 蓮華が咲き誇るように銀の炎が中天を焦がす。炎は時間を焼き捨て、事象を巻き戻す。空虚な頭蓋が元の麗しい形を取り戻していく。


 白い頬が、整った鼻梁が、美しい曲線を描く瞼が、くるりと上向く長い亜麻色のまつ毛が、銀炎に撫でられるたびに再生していく。


 あらゆる瑕疵が無かったことになり炎が散華すると、後には眠る少女だけが残される。


「お嬢様、お嬢様!」


 無礼を承知でその薄い肩を叩き、呼びかける。


 不死鳥の炎が灯って蘇った以上、あらゆる傷も病も理恵子を侵しているはずがない。理性はそう冷静に告げている。それでも、雪花石膏を削り出したような白い頬と閉じたままの瞼に、脈をとる手の震えが止まらなかった。


 伝わる体温は果たして本物だろうか。自分の願望が生んだ幻覚ではないか。そんな馬鹿らしい想像ばかりが浮かんでは消える。


 祈る時間は、永遠に似ていた。


「起きて、ください……!」


 長い睫毛が緩慢に動く。宝石に似た紫眼が陽光を瑞々しく弾いて、ゆるりと倖斗の泣き顔を映した。


「……騒々しいわ。どうしたの、ユキ」


 肩口に泣きつけばよしよしと傷ひとつない手が頭を撫でてくれる。億劫そうな声はどこか隆惺に似ていて、倖斗は笑いながら嗚咽をこぼした。

次は20時半ごろ更新

理恵子蘇生したけどもうちょっとだけ更新します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ